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2の訂正

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 4月 9日(月)14時59分56秒
  設置基準を見た訳ではないので「もっと細かい配慮」は不適切でした。  
 

昨日の続き

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 4月 9日(月)14時55分31秒
  のぶゆきさん
 花見はどこでしましたか?

・トラック競技ではラインが見えにくい。
 そうなんです。
 ーラインが引いてあってどうして難しいの?ー
 難しいんですね,これが
思うに
 1、お日様に向かって走るコースだと「前が見えにくい」ーだからラインもへったくれもない。ー
   回れ右でコースの向きを変えるとまあなんとかなるかも。
 2。コースが「アンツーカー」だとほとんど問題ないかも知れない。
   コースとラインのコントラストがはっきりしているため。
   国立競技場のグランドを踏んだことがある。スタンドが壁になったりして,走りやすそうだった。
   学校で「体育」をやって子供の力を伸ばそうとするなら,
   運動場の設計基準にもっと釜会配慮がいるのではないか。
 3、ラインを気にするとなぜか「ラインに引き寄せられてしまう」のです。
   前方を見ていないと走れたもんじゃない。
 4、走り慣れると走る姿勢が安定して,まっすぐが知れるようになる。

 注,もし走ることが好きだったら,遊びの中で「練習」する機会ができるといいですね。
  授業中ではチャンスが少ない。

   集団でのプレイはそれなりに時間が取れるが,個人競技は「メニューだけ」になってしまう。

  「うまくやる」ことよりも
  「もっとやってみたいなあ」って特性探しみたいなところを,
  本人も指導者も分かって上でアプローチしてほしいところです。

  「ルールはルール」だから、うまく行かなくても「トライする気持ち」を養ってもいいように思いのです。

  「みそっかす」は小学校に入ったときに卒業した筈だ。
 
 

毎度お邪魔です。

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 4月 8日(日)22時50分56秒
  のぶゆきさん
 岡山に,富山,,名古屋に大阪,東京,長崎もありましたね。そうそう「ゆきたまママ」も九州だったなあ。甲州男児は中2だよね。東洋ににくるついでがあったらうまいカレーでもごちそうするよ。ダイスケ君は姉御たちの注目の的になってましたね。

 当方やや落ち込み気味で,相変わらずの言葉足らずに輪をかけてしまうかも知れません。
 この間、脳性麻痺の後遺症を持った55歳の弟分が亡くなりました。
 最近は口頭での会話は成り立たなくなって,必要な話はメール。まあ,そうは言っても,2~3時間なら「会話」が通じてしまう35年の付き合いだった。
 歩くのは何とかなったけれど,親の反対はあったようだけど,車の運転免許をとって,配送や,お茶の販売を長いことやった。障害年金もあったけれど,子供2人立派に育てた。下の娘は結婚した。上の娘も調子に乗ってしゃべらなければやがて誰かを捕まえるだろう(小さな時のことだけど)。ともかく「できること」を総動員して働いた。
 頭では「ご苦労さん」と思うけれど、
 「借りを返していないよ」
 これからいくらかサポートできると思っていたのに。

 さて、この間の続き
7、定期考査
 ワープロデータで謄写版を機械化したようなシステムで,学校の「試験の問題用紙」が作られているようで,これが結構、「印字がかすれて読みにくい」って話をマイクさんがしていたのを思い出しました。
 僕も,定期考査より学力テスト(白い紙に印刷されたもの)の方が20%方成績が良かった。

ドッジボール;名は得るは、投げる
バスケット; ロング集とは、ロングシュート

また明日。
 

いつもありがとうごじます。

 投稿者:いしいのぶゆき  投稿日:2012年 4月 8日(日)09時53分55秒
  まさゆきさん
いつもコメントありがとうございます。

ここのところハードスケジュールで、こちらに来る機会がなかなかありませんでした。

まさゆきさんのコメントは人生経験の中からの大切なコメントですので、これからもここに来るであろうアルビノ当事者さんや親御さんに読んでいただけたらと思います。

私も頻繁に来る事が出来ませんが、これからもコメント宜しくお願い致します。
 

8、体育の授業,体育的行事について

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 4月 7日(土)12時06分46秒
  のぶゆきさん
 今日は富山でしょうか?

さて、表題;僕の体験で時間が経っているのでやや「尾ひれ」がついているかもしれません(無意識に)
1、球技が難しい
 サッカー;ボールは大きいけれど,蹴るポイントがずれてしまうのでサイドキックで対応。
      高校になってからやったので,「まぶしさ」のコントロールがいくらかできるようになっていて,ボールの  行方の予想が「うまい」。
                   けれど,みんな白い服着ているから、誰にパスしていいか分からなかった。

   野球  ;野球しないと遊べなかった。3mも離れるとボールが見えなかった。
      したがって,ピッチャーやらせてくれていた。力があったのでボールが速かった。
      キャッチャーからはワンバンドで返してもらった。
      中学生が入って,「正面をちゃんと見て、グローブを胸の前で構えろ」
      左目が利き目な物だから,顔が右を向いてしまう。
      怖い物だから緊張する。
      「命令」は絶対。とれたあ,うれしかった。
      近所に平山邸があって,石塀だった。直前でワンバウンドでぶつけると,ダイレクトのなって戻ってくる。
      ほとんどとれるようになった。
      でも,相手が人間だとうまく行かなかった。
      打撃の方はいい当たりは3回くらいしかない。すべて覚えている。うれしかったから。
      素振りはいっぱいやったから,当たれば飛んだ。
      バッティングセンターでは10球で3~4球は当たることは当たってた。
      小3の頃,親父にサイドスローを習って,コントロールは良くなった。
      不思議なことに打球にぶつかったことはない。
      ピッチャーライナーをとってしまってびっくりしたことがある。

 バレーボール;何とかなったのはサーブだけ,
                   ボールがでかいのはいいけれど軽いので,力が入るもんだから,うまく拾っても、とんでもないとこと飛んでってしまう。
  ドッジボール;動かない標的
      慣れてくると避けられるようになった。でも名が得るのは苦手だった。

 卓球   ;これは一般的なへたくそでけど「きって」こなけりゃ結構続いた。

 バスケットボール;5年生のときにやった。波しまわしは,たいていカットされてしまった。
       自慢じゃないけれど,ロング集とは得意だった。なぜか入るんだよねこれが・・・    
 

7、定期考査のコメント

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 4月 4日(水)11時28分59秒
  のぶゆきさん
 高岡の集まりは2回目でしたか?つい先だって「万葉線ほっつき歩き」に行って来たばかりです。

 さて、「定期考査」は中学生以上の話でしょうか?まさか今は小学生もやっているなどと恐ろしい話ではないと思うのですけれど・・・

1.2、問題用紙の文字が見えにくい、図が見えにくい
例えば、「介護福祉士」「社会福祉士」「精神保健福祉士」の国家試験,「介護支援専門員」の「受講試験」の場合は
 詳しくは http://www.sssc.or.jp をご覧ください。
 問題用紙;点字,テープに録音した物,B5版をB4版(144%拡大これは結構でかい)などがあります。
3、解答用紙の文字やマスが見えにくい
 解答用紙;マークシートに替えてやはり点字やB4版の解答用紙に手書きで解答できるようになっています。
      問題用紙と解答用紙をいっぺんに見比べた経験を初めてしました。
4、問題を読むのに時間がかかる。
 時間延長;条件がありますが1.3倍と1.5倍に延長されます。
      全問答えて,見直しができたのも初めて,
5、レポート提出などに振替える。
      大学時代は,封鎖にロックアウトなどレポートが多くて助かりました。なぜか英語とドイツ語に先生の中に「骨のある人物」がいて「試験強
      行」。そういうの大好きだから・・・2年ずつ手間をかけました。
6、その他;受験前に拡大鏡、照明器具などの使用については相談にのってくれます。

 「みんなと違うのはねえ」と思うかもしれません。
 でも「バリアフリー」の一環なのです。

 ぼくも「ありもの」を最大限利用して,「特別な物」を考える暇がなかった。
 でも、駅にエレベーターが設置されたり(無理矢理やったところもありますけれど),駅員さんたちも誘導に慣れて来た。車いす用のトイレが増えた。ノンステップバスも当たり前になって来たなどなど
 障害を感じている人のニーズは一般の人にも共通しているのです。「少数派」が「特殊なもの」ではないことを実感しています。

 「同じでなければ気の済まない、40年も50年も生きているー幼児ーがいるのも困る」のですが・・・
 ちびちゃんにとっては,自我の芽生え,何より成長の原動力です。これは大事にしなくちゃ行けません。人には大事にしなくちゃ行けない時期があるようにもうのです。

 利用できる物はどんどん利用して,気がついた物をどんどん「どうしようか」と考えて実現できたら「いいね」と思うのです。

 このへんで。お邪魔でした。


 

毎度お邪魔です

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 4月 1日(日)21時28分36秒
  のぶゆきさん
 名古屋は忙しかったようですね。くれぐれもオーバーヒートなさいませんように。

さて,かんふぁれんすの続き

9、集団行動について
・同じ服装をしていると友達を見分けにくい。
・広い場所では合図や方向が分かりにくい。
・並ぶときには前から2番目にするなど、分かりやすい工夫をする。
・グループ編成などに配慮する。
・指示する言葉や方向の目印などを具体的に表す。
・単独行動をしないようにする。

6番から私なりのコメントを入れておきたいと思います。
・板書を写すとき
 ・なぜ板書を写すのか考えると
 1、教科書を補足して理解を促す。
 2、練習問題を示す。
 3、生徒が問題を解く過程を一緒に考える。
    4、書かれたものを的確に写して
 5、自分で書いて字を覚える。etc

さて、見えにくい。
1、教室の環境はどうなのだろうか?
・相変わらず「自然光」頼りなのだろうか。
・大学などでは教室が広く,自然光の影響が少ない場所が結構あるので昼間でもあまり苦にならないことが多い。
 ーそういえば大学は夜間だった。ー
○「窓側」だと手元が明るく、黒板も光らない。
×明るすぎて,光のノイズの回り込みもあって「まぶしくて」目が開けてられないこともある。
 僕の職場などは、PCの画面が見えないというので、はじめからブラインドを閉めている。
 従って,自分の部屋より条件がいい。

・字を書くのに時間がかかる。ー年齢によって条件が違うと思う根ですが・・・
 ・急いで書いても後で読めないことがある。
 ・「書くのが遅い」を意識しすぎないように周囲の言葉に配慮を要するのではないか。
 ・字を覚え始めると,書くのもうれしい。
  自分の名前,住所など,駅名だけしか覚えない子もいた(僕)。
 50数年前に使ったノート,結構大きなマスに・・・「入らなかったかなあ」
 ・丁寧に,きちんと書く練習が大事なのではないかと思うのです。
 ・職業病で手首を壊していますので,ペンで書くのに苦労していますが、書くこと自体が教育=訓練なので証。
 ・仮名でも,漢字でも,書き順をきちんと覚えて,字の形を丁寧に覚えておくことが大事なのではないでしょうか。
  楽しく「書慣れる」ことが大事ではないか,作文や詩を書いて言葉を字にしてみるなんかいいですね。

・席を一番前にする。
 これも教室の広さの考慮をようと思います。
 ・真ん中へんだと,窓側が光って見えにくい。
 ・左右の端が遠くて見えにくい。僕は正面でも見えなかった。
 ・黒板の下に机を置いてもらって,そこで黒板の下をごそごそ移動して写した。サボれないから成績少しよくなった。
 ・休み時間に写せる程度ならまだしも、誰かやったことある~。
 ・単眼鏡など軽くて,安くて,いい物ある。
  でも、使いこなせるようになるまで我慢を強いられるかもしれません。親御さんや周囲の人が。
  人にもよりましょうが,5、6年生までに使えるようになれば、「ドンマイドンマイ」じゃないかなあ。

・話を聞いて自分で書く。
 ・僕はこれが苦手、隠れて速記習ったけど,それこそ後で読めなかった。
 ・聞いて要点まとめられるくらいなら「小学生やらなくてもすんでしまう」と後で思った。
 ・先生が項目を話をしてくださると,要点にはならなくても,話の印象をメモしておくと「どこかで話がつながる」かも知れない。
 ・仕事の話で恐縮ですが、介護保険の認定調査で、病状など一生懸命に話されている間に「こちらの聞きたいことを」ピックアップするのに結構役に立っています。

・授業の後で写す。
 ・宿題などメモ程度ならできますね。

*板書の元ネタをもらってしまうのが、一番手っ取り早いのですが、書き写す訓練が大蛇だということもあるのでそうdんしながら一工夫が大事ではないかと思います。
 手段を考えながら、本人にどう影響しているかを確かめながら大事につきあいたいですね。しつこいようですが「だから仲間がお多い方がいい」。

 ではまた。
 

P.S.

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 3月29日(木)07時52分37秒
  のぶゆきさん

 昨日の続きですが、近くに名古屋市教育センターがあります。
 中央線の金山駅から2kmくらいの場所ですね。
 地下鉄の「伝馬町」、名鉄の「神宮前」から近いようです。

 では!
 

名古屋

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 3月28日(水)20時59分24秒
  のぶゆきさん
 出会いの場づくりに走ってますね。
 日程と体力と相談しながらですがお手伝いしたいなあ。

 知的障害を持つ親の会の研修所?があります。
 なんたって「手をつなぐ親の会」で育てられた「学生」だったもので、すぐにPC叩いてみた。

 http://www.nagoyaikusei.info/sin-akusesu.html

 問い合わせはしていませんが、駅に近いようです。

 では!
 

毎度お邪魔です

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 3月26日(月)23時42分50秒
  のぶゆきさん
 岡山のあつんまりはいかがでしたか?
 市内をわりかし小柄な路面電車。写真楽しみにしています。

でんしゃねたです。
 武蔵野線開業39年を記念して-初日に乗りに行きましたー。
 武蔵野線を描いた小学生以下の絵を募集しています。
 4月2日〆切ですが、新秋津などの駅員さんに手渡せば「応募」完了。

くわしくは
 http://www.jreast.co.jp/hachioji/info/20120315/20120315_info03.pdf

 をどうぞ
 

また、つづき

 投稿者:まさゆき  投稿日:2012年 3月22日(木)20時21分57秒
  のぶゆきさん
 20日は横浜・・・いいですねえ!
 こちらは電車の写真の処理に1日がかり,まだ終わってません。
 写真がぼけているんだか,目がぼけているんだか,いやいや、目立つからって,目の所為にしちゃいけないかも,一番危ないのは「脳みそ」。親父折り紙付きー札付きの「100匁=375gー¥100」の脳みそがいささかボケて来ているのが当たり。

 ここからパワーポイント丸写し

6、学校生活で弱視児童生徒が遭遇する困難な場面と対処の工夫
 ・平成8年7月に行った弱視学級卒業生へのアンケート結果をもとにまとめたもの。
・板書を写すとき
 ・見えにくい
 ・時間がかかる
 ・咳を一番前にする
 ・友達のノートを見せてもらう
 ・補助具を使う
 ・話を聞いて自分でノートに書く
 ・授業の後で写す

7、定期考査等では
 ・文字が見えにくい
 ・図が見えにくい
 ・解答用紙の文字やマスが見えにくい
 ・問題を読むのに時間がかかる。
 ・試験時間を延長する。
 ・レポート提出など、他の課題に振替える。
 ・その他。

8、体育の授業や体育的行事では
 ・球技が難しい
 ・トラック競技ではラインが見えにくい。
 ・師範が見えない(インストラクターのコピーがうまくできないかも)
 ・球技は事前に相談してあらかじめルールを決めておく。
 ・並ぶ位置,走る順番やコースを配慮する。
 ・伴奏者や補助をつける。
 ・できる種目や役割を選択する。

 就学にはまだ時間のある子供の親御さんは取り越し苦労は禁物。今いい顔が見られる作戦をおもしろがって立ててくださいね。
 経験のある人たちは,格好がよくても悪くても,「今」の体験を聞かせてほしいと思うのですがいかがでしょう。

 ではまた。
 

あつまれ・・・

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 3月18日(日)20時54分5秒
  のぶゆきさん
 今度は「歌手デビュー?」

  今日も天気が悪いのに、みなさん集まって,良い時間を過ごしていたようです。
 3歳お姉さん,ちょっと慣れてきたのか活発さ発揮,
  2歳坊やは,気になるけれど素知らぬ・・・振りも出来ず、いつになく元気な声が出ていて
 ーやったあーとじいさんは思ったのです。
  彼女Yさんをちゃんと遊びの仲間に入れちゃった。35歳で「若い女の子」もてたのは・・・初めてでは  ないと思うのですが,どうでしょうか。

 -若い親父が二人で何やら話している。二人にとって貴重な時間だったと思います。ー

  聞くところによると
 「新高校生」誕生だそうですね。
 きっと良い仲間が出来るでしょう。
 いい仲間がいないと成長できないもんね。

 お邪魔でした。
  
 

つづき

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 3月10日(土)20時00分50秒
  のぶゆきさ今日も土曜勤務だったのでしょうか?
 2週間前、金沢八景にある東急の車両工場に遊びに行った時の電車のなか。「仕事にいく」とおぼしき人がたくさん乗ってました。
 変則交代勤務を18年やっていて,いまだに週末の街に出るのが億劫。平日休みだととりあえず用が足りる。JAZZ喫茶に行っても空いていた。レコードもゆっくり探せた。

 さて、本題
・分かってもらうのは無理
 これも紋切り型で困るのですが、
 学校の先生だから,医者だから,看護師だから
 「分かるはずだ」と思いたい。
 まさか役所の出先の専門機関の職員なら分かるだろうなどとは思っていないでしょう。

 太田先生も弱視の状態にある子供たちを対象に話をされていることを断っておられた。
 僕らも「一般」と「アルビノ」の違いにこだわったとしたら,迷路に迷い込んでしまうだろう。

 60歳すぎても、説明するのは難しい。具体的に一つ一つ拾うしかない。
 例えば,僕は「ドトール」のカウンター席が大好きです。
なぜなら
 店内の照明がはちょうど良い明るさ。外の明るさがコントロールされている。カウンター席の真上に一つずつスポットライトがついていて,ノートPCのキーボード上のに「手暗がり」がほとんどできない。高さと明るさが計算されているように思う。
 いすの高さとテーブルの高さが僕の身長169.8cm,座高88cmがうまくはまってしまったのかどうか。
 人間工学の専門家誰かいないかなあ。インテリアデザイナーの領分かも知れない。「見方」の尺度ができると「個別対応」が楽になるかも知れない。
 どうも,地べたに這いつくばるのが好きなもんだから、話が細かくなりがちです。

 援助依頼のスキルを本人や親御さんのアイデアでなんとかしているけれど,話の視点作りってできるといいなあ。
 専門家もほしいけれど、子供の話を「素直に翻訳する人」もほしいなあ。
 それもごちゃごちゃ話をしているうちに見つけ出せたらもっと「身になる」なあ。

・困難さの自覚
 子供たちにとって「おいてけぼり」は必ず経験している筈だ。
 コレッくらい悔しいことはない。
 学校へあがる前は「みそっかす」って「掟」があって、くそ坊主を扱い慣れた姉ちゃんたちが「拾って」くれてた。
 電車クラブのサブマネージャーが「ひろば」で、うまくちびたちのフォローをしているのを見て、「時代は巡る」んだなあと思う。
 みそっかすから進級する頃には,一人でなんとかしなくちゃならない。気のいい「こうちゃん」がいた、彼は20歳で亡くなった。
 で,彼は気がつけば拾いに来てくれた。結果二人で「おいてけぼり」になった。
 だからって、はじめっから仲間はずれにしなかった。ちゃんと子分を作ってた。世代間ギャップができないように兄貴たちが采配を振るってた。
 時代が違うとは言い切れないところがあって,職場でも若手育成の機能が失われているのではないか。
 「役所」に限った話ならいいのですが・・・閑話休題
 3、4年の頃には「だじゃれクラブ」「しょうぎくらぶ」「つりくらぶ」を渡り歩いていた。近所では「将棋」「いけばな=草花を生やして喜んでた」、雨の日は図書館へ、加藤一二三の詰め将棋など「学習に励んでいた」。
 漫画で「戦記物」をさんざん読んでたおかげで、「戦争は補給だ」ってことをちゃんと「学習」していたから、鉄砲うつだけが戦争じゃないと小学生の時分から知っている。親の世代が戦争に巻き込まれている。兵隊やくざを地でいっている一番優しい叔父がいた。「戦争なんかするもんじゃない」

 また脱線し始めた。来週の日曜日に合いましょう。

 

つづき

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 3月 7日(水)21時04分28秒
  のぶゆきさん
 毎度お邪魔です。

 新しいPCといまいち折り合いがついていなくて、ベースステーションで無線LANにしたのですがこれに手こずってしまって,昨日は何もできませんでした。
 で、面白いこと発見。パスワードのダイアログ、間違えるとダイアログごと震えて「いやいや」をする。遊び心があってなかなかなもの。

 さて、「分かっていること」と「わかっているふり」が綯い交ぜになっていることに、戸惑うことがあるに違いない。
 「早合点」だと思うと,案外分かってたり,
 「面倒だ」ってんで、「分かったふりして」パスすることがある。
 「一目瞭然ー見りゃ分かる」が利きにくいから,厄介ー面倒くさい。
 実は,今でもそうなのです,僕は!
 年齢が増すに従って「落差」は小さくなるのではないか,
 興味のあることだと大人顔負けのところがある。一方でモタモタするところもある。
  話はそれるけれど、自動車運転の参考書ー黄色いページだと覚えている。小学校3年のとき,その参考書に練習問題があった。「法規」のところをやってみて,親父に添削してもらった。7割方「当たってた」たそうで、
 「なんで分かったんだ」って親父。小3に説明しろて言ってもねえ。
 虫眼鏡は使えなかったからって言うんで,直径50cmくらいのレンズを仕入れてきたのはこの頃。
 行水の加熱器に化けてしまったけれど,親父にしてはドジだった。でも本当にうれしかった。

 「耳年増」的でも,言葉の中身はそんなに分かっている訳もない。大人が子供の言葉を真に受けてもねえ。
 とは言うものの「図星」だったりする子供の言葉。なかなか難しい。

 思うんです。だから,サポーターはたくさんいた方がいい,両親に,祖父母や兄弟,近所のガキどもーこれが結構バカにならない。特に小学校の頃は遊びの仲間になろうとするやつは「無視」しきれない。「遊び」を基準になんとかする。いくら学校で「順位」をつけなくたって,「大人の論理」で、子供は動かない。子供にダブルスタンダードを作らすような「ご都合主義」は,子供に負担をかけるだけだ。
 子供の心は柔らかい。

 だんだん,独り言になってきたのでまた明日。

 

つづき

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 3月 5日(月)21時02分56秒
  のぶゆきさん
 毎度お邪魔です。子育てかんふぁれんすの続きです。太田先生のレジメをもとに僕の言葉で書いてます。
④ 弱視に対する社会の態度
・弱視という障害は見えにくい
  見えているのか、みえないのか
       分からないのか、やる気がないのか
・「分かってもらう」ことは無理
   自ら発信するしかない。
・困難さの自覚
・援助依頼のスキル

*見えているのか・・・・やる気がないのか
 これには「うけた」。きっと僕ばかりじゃないと思います。
 当事者はもちろん、親御さんには大受けではなかったでしょうか。

 「先生ありがとうございます」。心の中で思ったに違いない。
 「わかってくれてるなあ」

 「見えているのか、見えていないのか」
 当事者である僕としては、「そうなんですよね」「見えているのか・・・」自信がなかった。
 「みえてる~」って実感がなかった。
 小4の時に単眼鏡(6倍で重~いやつ)で黒板の字を写せた時だって「半信半疑」だったことを覚えている。
 本人がそうだもん、親御さんからすれば気が気じゃない。

 「分からないのか、やる気がないのか」と、思うんでしょう。当然です。

 だからって、社会の態度と親御さんの態度が=だなんて言いません。

 寄り添っている方が当人より苦しい。でも、なんとかしている姿も知ってらっしゃる。

 続きはまた明日。
 

PC新しくしました

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 3月 4日(日)21時34分59秒
  のぶゆきさん こんばんは

 ノートPCを手に乗っけて書くのもくたびれるのでiMacを買ってしまいました。従ってまた極貧生活が続くことになる訳ですが、まあ仕方がなしと思い・・・。
 年金も68歳へ逃げていってしまうようで、消費税云々などと目くらまししている間に1人あたり240万円近く値切っちゃうのだから「ものすごいはなし」。
 個人的にいえば、基礎年金が65歳にになったときに、「激減緩和」というので「定額部分」なんていうのがあって、基礎年金の480分の1=¥1,600あまりに厚生年金や共済年金の加入月数をかけた金額を年金として支給されていた。これも30万円ほどになっていたけれど、目の前でなくなった。
 これを合わせると400万円くらいになる。消費税が年間9万円余計にとられてみねえ。いつまで働かなくちゃいけねえんだろう。

 と、幅25cmほどにキーボード。キーの字がほとんど見えていないけれど、結構書けるなあなどと思いながら、ぼやいてしまいました。
 明日は、子育てカンファレンスの続き書きたいと思ってます。

 毎度お邪魔です。
 

いつもありがとうございます。

 投稿者:いしいのぶゆき  投稿日:2012年 3月 4日(日)00時38分13秒
  まさゆきさん

いつもコメントいただきありがとうございます。
大阪では、大阪人権博物館に3日間、くすのき幼稚園でのアルビノ説明会など、直接、触れ合う事をしてきました。

難しいことは抜きに、直接あって触れ合って、楽しくお話すれば、分かり合える事もありますよね。
 

言い訳

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 2月26日(日)18時03分36秒
  のぶゆきさん
 大阪でいい時間を楽しんでいることと思います。

 さて、「子育てかんふぁれんす」の話しが飛んでしまっていました。
 PCがうまく動かなかったためです。
 もっとも、昨日などは、冷たい雨の中、東急の車両工場などをウロウロしていて、
 今日は30歩くらいしか歩いてますん。

 さて、http://www.amazon.co.jp/視覚障害―その教育と福祉-1974年-障害児問題叢書-藤井-聡尚/dp/B000J9MIQG
  ですが、38年前の本が中古でありました。太田先生のお話の内容も含まれていると思います。
 きょうはこのへんで。体中痛いもんね。いやいた不真面目で申し訳ない。
 

続きの追加

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 2月11日(土)20時12分25秒
  のぶゆきさん
 毎度お邪魔です。

 さっき書いた②の例を思い出したので追加します。

 これも「あつまれ・・・」での話し。以前にも書いたのですが・・・

 歩くのが嬉しくて仕方のない頃の男の子。
 はじめはママの横にちょこんとくっついてた。
 そのうち、トナカイ娘の兄ちゃん達がチョコチョコ走り回ってるのが気になりだした。
 勝手に身体が動いて少しだけママからは慣れて、すぐ戻った。ニコニコして、そのうち段々動く範囲が 広がった。
 ーその時のママー
 ズーッと同じ場所を動かなかった。彼がビリヤード台に頭をぶつけた時も、
 見てはいても、慌てず騒がず、

 彼の顔も照れ笑い。泣かなかったもんね。

  ここで言いたいのは「ママがズーッと動かなかったこと。
 ママの「基地」が「安心」だから、初めての場所でも「動けた」んだと思います。

 子育てに、ハンデがあろうがなかろうが同じですけれど、
 「オートマチック」に行かないところはあるかも知れない。
 「カスタマイズ」の楽しみがある。五十嵐先生のおっしゃる「操作可能」なのです。
 

つづき

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 2月11日(土)12時15分42秒
  のぶゆきさん
 そちらは、インフルエンザの影響ありますか。こちらは、かったるくて、熱が出そうで出ない。「熱もでなくなったのかい」ってな調子です。

 前回③の内容の説明。言葉が断定的になっているので少々、ボクの受けた印象で書きます。
①行動の制限
 見える範囲が狭くなりがちで、「あれ、なんだろう」と興味津々のチャンスが少なくなるかも知れない。

 ー「ひろば」チビちゃんの、パパやママに「よく見てるし、追っかけられてるね」って話しかけることがあります。
 子供が見えている範囲を意識しててほしいからなんです。チビちゃんにとっては一日一日が濃厚な時間を過ごしているのですから、分析はともかくとして、訓練ではなくて、嬉しい顔が見られるような「遊びのネタ」を見つけてほしいのです。キャッキャと笑い転げるネタとアイデアを。

②安全確認が出来にくい。
 小学校6年になって、学校の登下校に親の付き添いを課しているという話。尋常ではないので「現場検証」したかった。6年生の気持ちに戻って考えるために。
 今でも僕には苦手な交差点がある。交差点だけ明るくて両脇がに木が植わってて暗い。おまけにカーブの出口。
 6年生になったつもりで考えた。カーブから遠い一の歩道を渡った。いくらかましだった。
 小さい時には、苦手スポットが頭にあって、余計に緊張。最近はすぐに忘れる。
 視力検査では同じでも、利き目がある。経験で距離感は埋まってくるけれど、高低差-下りの高さ感覚が
 苦手ー少し子供にはかわいそうだけど、これは周囲が気をつけて、怖いものを伝えることが必要になってきます。

③慎重になるため、行動がゆっくりになる。
 日常茶飯事、学校がマスゲームをやっているわけではない。
 慎重に行動することができるなんてすばらしい。
 小学校に3年前後になると、結構みんなと一緒に動けるようになると、「やってしまうにです」みんなと動けるのが嬉しくて・・・。
 スンちゃんだっけ「ひろば」終わって道路ではしゃいでいるのへ「死ぬよ」って一喝にフリーズしてた。はしゃいでいたのは会長ではありません。念のために。しかも2年くらい前の話し。ちょっと脱線。
 

訂正

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 2月 8日(水)22時26分36秒
  最期の行
 「育てて行くもの」を「お互いに育って行くもの」に訂正
 

つづき

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 2月 8日(水)17時48分37秒
  のぶゆきさん

 けがしなくてよかった。よく怪我する人としない人。事故を起こす人、ぶつかんない人。いるんですね・・・どうしてだろう。
 常々思います。ボクなど車の免許取れてたら、「恐怖の報酬」-イヴ・モンタン主演の映画のように「谷底へ・・・」か、砂漠の真ん中でスルメになっていたに違いない。
 臆病でモタモタしていて「格好良くねえだろうなあ」。「でも、他人がどんな目で見ようと、こっちからは見えない。ドンマイドンマイ」なんて言いながら、でも、「おっかなびっくり」何処へでも「行っちまう」変なじいさんになった。

 レジメのP1大雑把にボクの」言葉で要約

1、学校は家庭の延長ではない
・子供にとって「未知との遭遇」
・新しい環境に適応力をつける訓練の場だ
2、教育環境(教室や校庭)の中で「はまるところ」と「はまらないところ」を見つけ出す。
・条件は一つじゃない。
・明るさ、
・距離(例えば裸眼やめがねだけだと「前の方が良いかな」とか単眼鏡を使っている時には、窓側から中央あたりかなあ)、
・眩しさも人によって結構違う。
・拡大教科書ー字も大きいけれど本もデカくなる。1、2年だともとが大きいから問題ない場合もある。   etc,etc

  このあたりは、当事者の経験をうまく集積できると良いなあ

3、40年以上前、フレキシブルに動いた頃の身障センターにいらした。たしか大学でも教えていたと思い ます。「重い障害を持った子供達のキャンプ」でお世話になった懐かしい五十嵐先生の
  「弱視児にかかわる4つの二次的要因」
  ① 行動の制限
  ② 視覚的情報の欠如(不足も含むー筆者補足)
  ③ 視覚的模倣の欠如( 同上       )
  ④ 弱視児に対する社会の態度

  二次的要因は操作可能(家庭や学校での教育や社会参加によって育てて行くもの-筆者補足)。

  つづく 
 

ありがとうございます。

 投稿者:いしいのぶゆき  投稿日:2012年 2月 6日(月)20時45分28秒
  まさゆきさん
カンファレンスのご報告ありがとうございます。
あの日は寒い中を仕事しておりました。

私も行きたかったです。

続きを楽しみにしております。
 

子育てかんふぁれんす

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 2月 5日(日)01時25分26秒
  のぶゆきさん

 夕方の残照がなんとも言えない時期ですね。「カメラ持ってりゃなあ」と思いつつ、朝にはケロッと忘れている体たらく。困ったものです。

 もう2週間経過してしまった(子育てかんふぁれんす」

 太田先生は「弱視兒学級」を最初から見てきた方なのでしょう。先生が学生時代には「盲学校」しかなかった。

 子供一人ひとりに向き合い、
 *家庭と学校は手を携えて*
 子供の特性を伸ばして行く

 見えにくいという共通の課題を持った子供達にとって、
 「見えない」子供達に準じた教育は盲学校で模索していた。
 1学級6人。でも授業にやり方は、50人学級と同じだった。
 「どっかちがうよなあ」と思いつつ・・・。

 ボクも盲学校に2ヶ月行ったけれど、
 「通学が大変」2時間かかった。土曜日の午後の通院とはわけが違う。
 それでも東京には盲学校が5校もあった。

 苦手そうなものはやらない。「楽だなあ」「でも、やばい、おれ呑気だからなあ」で、逃げ出した。
 「成績は、ハンデがあって中位だから、まあ何とかなるだろう」
 親は、心配なものだから、「気が気ではない」

 商業学校に合格した時には「珍しいことがあったものだ」と担任の先生。社会科なので、点数が取れていた。だいたい社会科の先生は口が悪い。

 「特別支援教育元年」
 「地域で子供を育てる」
 すばらしい!
 「統合教育=インテグレーション」
 あたりまえのはなし。
 40年前から騒いでいる。
 特別支援学校そのものに賛成はしない。
 それでも何でも、様々な障害を持った子供の)教育に力を尽くした経験を
 「どうやって、再構築するんだあ」
 寄宿舍をなくして「児童施設」かなあ。
 であれば明治時代に逆戻りだね。

 盲重複障害を持った児童の施設に入所していた子が、「盲学校に行ったら、普通の子になっちゃったよ」という経験があります。
 いつも首を振って、独り言のように(おしゃべりをしていた男の子」
 一人でしゃべっているのもつまらないだろうと思って、
 「こんな天気なら、何処かに行きたいねえ」
 「どこいくの」反応があった。
 「何処行くの」「山でも行こうか、電車に乗ってさ」ってな具合で・・・。
 彼の笑顔がすばらしかった。

 1時になっちゃった。また書きます。


 
 

ありがとうございます。

 投稿者:いしいのぶゆき  投稿日:2012年 1月26日(木)21時35分32秒
  まさゆきさん
単眼鏡が届いたんですね。
私も小学生の時に単眼鏡を知っていたら、どれだけ勉強が楽だった事でしょう。
私はたまたま双眼鏡を知って、ホームセンターで購入して使っていましたが、とにかく大きくてとても扱い難いものでした。
高校で盲学校へ行って初めて小型の単眼鏡を知って本当に勉強が楽になりました。
不思議と成績までよくなってビックリした事があります。

やはり、見えない、と見える、では全然違いますよね。
見える喜びを知って勉強が好きになった事を覚えています。

ルーペとの出逢いも私の世界を大きく変えてくれました。
見えるって本当に素晴らしい事ですよね。
 

「いままでどおり」がいいんです。

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 1月25日(水)21時03分32秒
  のぶゆきさん
 いままでどおり、のぶゆきさんがのぶゆきさんとして、自分の思いを優しく伝える活動って、実に勇気のいることですもんね。
 細々ではなくなっているだけ、ちょっと重いかなあ。いやいや体重の話しではありませんよ。
 じつはわたし90kgに近くなっているんです。

 さて、今日“単眼鏡”が届きました。税込みで¥1,000でおつりが来るので買ってみました。
 重さ50g、7倍。対物レンズ18mmというものです。

 僕が、単眼鏡を使い始めたのは、小学校4年の後半だったと思います。
 3年の頃は“ノート真っ白”の状態。担任の伊藤先生、優しい先生だったけど、
 「そうはいかない」
 って、黒板の下に机を置いて、必要に応じて、出張するように命じられた。
 もちろん端の方は見えなかったから、更に見に行く。
 「うがいみえないよ」って声が跳ぶ。
 「???」ってぼく。
 「おまえのあたまでみえないんだよ」
 先生も大笑いしてた。
 それでも、決まり悪い思いをしなかった。僕自身楽しんでた節がある。
 「書ける」のがうれしかったに違いない。

 そんなこんなで
 単眼鏡の登場。“見えた”
 ただ、重い。金属製の双眼鏡をお一つ外したような代物。高校終わるまで使った。

 小学校のうちは、長時間使えず、“問題”を写すくらいに“自主規制”していたように思います。
 中学に入ると、さすがに使用頻度が高い。
 日本史の若い先生の授業が面白かった。
 ノートがぎっちり埋まった。
 理科の第1分野と第2分野の先生。いづれ劣らぬ「美形”顔ばかり見ていた。

 家に帰って、2時間くらいは明かりもつけずにラジオを聞いていた。

 もう昔のことで思い出せないこともあり、自分の記憶に“尾ひれ”がついているかも知れない。

 ループや単眼鏡は僕たちにとって便利で大切なものだけど、眼振があったりすると、結構慣れるのに時間がかかる。落ち論年齢の差は大きい。tだ、彼らの1年は思う以上に大きい。難しいねえ。
 大人が“決定版”と思っても、すぐには使いこなすことが出来ないこともあると思う。
 でも、「見えた」って経験を一緒に喜んでくれたら嬉しいんです。きっと。

 今日1日というか半日で、青色申告と、確定申告が出来上がり。草臥れた。


 
 

知恵を身につけてほしいですね。

 投稿者:いしいのぶゆき  投稿日:2012年 1月24日(火)21時03分48秒
  まさゆきさん
いつも実践からのアドバイスをいただき本当にありがとうございます。
まだまだ未熟者の私ですので、これからもどんどんアドバイスを宜しくお願い致します。
そのアドバイスから私できそうな事を実践させていただきますね♪

私は、いま自分に出来る事をやらせていただいています。
難しい事は抜きに、まずは知っていただけたらと思います。

私に出来るやり方で、細々と今までどおりやってきますね。
いま出来る事をする、が私のモットーです。
流行るとか流行らないとかではなくて、いま自分に出来る全てをして、みなさんがどう受け止めるのか分かりませんが、やらせていただきたいと思います。

 

知識は知恵になりにくい

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 1月21日(土)10時50分11秒
  のぶゆきさん

 お言葉を返すようで恐縮ですが、
 タイプの違いのディテールは、僕たち自身がお互いに関わりの中で感じ取ることが大事ではないでしょうか。
 社会に啓蒙しようなんてのは随分昔に流行ったことがあるようですがね。
 私のいる業界にも“障害者の代弁者”を気取る変な輩が散見されます。
 迷惑な話しです。

 のぶゆきさんのように「アドバイスは出来ないけれど、一緒に考えることは出来る」“同じ思い”を共感できるかもしれない」と言った趣旨のことを良くおっしゃっています。

 “僕もこれだけ頑張ったのだから、あなたも頑張りなさい。そうでなければいけない”って言った最悪のアドバイスが“ありがち”で、うんざりしている方もいらっしゃると思います。

 僕にとっては“うまいこと食って行ければ“望外の幸せ”、“屈託なく人と付き合えたら良いなあ”と、

 のぶゆきさんはまじめだから、「自分のためにHPの発言を出発に、様々な発言の機会を作った上に、みんながあつまれる場も作っているんじゃない」っておっしゃっていると思います。

 のぶゆきさんの思いを、自身が表に出ることの勇気が、難病を抱えた人が書き込みをしたり、メディアの人にもインパクトがあったに違いないのです。
 心のバリアフリーを世の中の人も渇望しているに違いない。

 「明るく振る舞わなくちゃ」と思っていたら、「ばかるい」だとか、“あ・かるいねえ」などと周囲にからかわれるハメになったりしてウロウロしたりもしていましたが・・・(ぼく)

 “普通の人に伍して”“俺は普通だ”なんて思いたい。私もそう思いたいことがあった。
 でも、“普通って何”って、実体のないものを相手に喧嘩することはない。
 と、いつも思うのです。
 ただ、みんな一緒が気持ちいい。
 “見かけだけ一緒”に流れるから、迷惑する人がいる。
 PTAで“もうスケバングループ”でもねエだろう、いい歳してとか
 国家公務員の上級試験を通ったけれど、職場が洗練されていないものだから、新入職員に難癖つけて昼 飯たかるような輩がいる。氷山の一角だ。

 問題は沢山あるけれど、施設のバリアフリーは進んでいる。“標準”を補って行くシステム。

 車椅子でエレベーターの前。おりてくる人がいるから後ろに下がってまっていると、素早く割り込んでくる輩がいる。そういう奴に限って身なりが良かったりする。
 それでも、高齢の人が電車に乗るきかいができたり、ノンステップバスのおかげでかいMのに行けるようになった人もいる。

 新自由主義の幻想から早く目が覚めないと“弱肉強食”の世の中が続いてしまう。
 官僚主義=社会主義ももちろん願い下げですけどね。

 心のバリアフリーを目指すには、衣を着ない本来の自由な人たちが“付き合い”の中で作って行くのもではないでしょうか。

 なんて勝手なことの言い放題。お邪魔様です。




 
 

私は私の生き方で

 投稿者:いしいのぶゆき  投稿日:2012年 1月20日(金)21時04分19秒
  まさゆきさん
横浜では楽しい一日を過ごす事ができて楽しかったですよね。
あの富士山盛りは、さすがに応えました・・・
しれにしても、まさゆきさんのその元気とパワーには私の方がビックリしています。

私もいつか、まさゆさんの様に下の子たちと一緒に何かできる様になっていたいです。

私は活動家ではありません、私は石井更幸というひとりの人間です、まさゆきさんのおっしゃられるように、ひとつの枠に収まっている事が苦手です。

私はキャラナビで「放浪の狼」と出た時には嬉しかったです。
やはり、専門家になってしまうと視野が狭くなってしまいますし、自分らしさも失われます。

私は私の生き方を、生きたいです。
いろんな事に興味をもちチャレンジしていきたいです。

アルビノの事を知っていただく時にも「私を知ってもらうのではなく、アルビノには多くのタイプがあってみんな違う事」を知っていただけたらと思います。

みんな違う事が当たり前の社会になってほしいと思います。
 

今日も寒いですねえ

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 1月20日(金)20時20分20秒
  のぶゆきさん

 先日お会いした時に“アルビノを理解しろったって無理な話し”と言った趣旨の話しをしました。本当にそう思っています。
 人には似たような特徴を持っていても“みんな一緒”でひとくくりに出来ないものだと思うからです。

 ダウン症候群を持った人たちを“みんな同じ顔をしている”という変な「知識」を持っている人がいます。僕からすると“とんでもない話し”です。確かに“共通”の特徴はあると思います。
 でも、みんな違います。
 しんちゃん、ひろし、オーちゃん、サッちゃん・・・きりがない。可愛い女の子を見ると、体中が笑顔になる人、
 コンガ叩くと、いつも弱々しい、(どちらかと言えば“強面”の女性にもててた)、この時はたくましく情熱的になる。
 エプロンのひもが尻尾に見えてからかわれたら、ダイエットしてるフリしてた女の子。

 みんな愛すべきキャラ。そうそう、ユタカは“話しがわかんねえ”“鵜飼通訳しろ”って、とぼけた奴がいた「へそまげた」。以来ズ~っとそいつに返事をしなかった。やはり言葉のでないよっちゃんとユタカ洗面所で話していた。公序良俗に反しそうなので“通訳”しない。二人には通じていた。
 立ち聞きしてた僕にもわかった。ーこの項仮名ですー

 のぶゆきさんのように、ご自分が生活する中で、“自分と違ったもの”を排除しようとする”こと、言い換えれば“その人”を一方的に傷つける言動が“存在”していること、
 勇気を持って、自分を語ることで、共感できる人を一人ずつ探して行く“生き方”なのだと思います。

 みんなと違うことから目を背けようとすると、いざ自分の身に降り掛かると余計に“恐怖感”に教われる。年を取れば多かれ少なかれ、そんな環境になる。
 のぶゆきさんと関わることで、人の心に“偏見”が「かっこわるいなあ」と思ってくれたら最高ですね。

 似たような特徴を持った人がいることは、正直に嬉しいです。

 だから、自分から枠に閉じこもらず、“共感”:出来る、仲間を一人ずつ作るきっかけを作っているのぶゆきさんの“生き方”があるのでしょう。
 活動家などという枠に乗っかっていないところに魅力があるのだと思います。
 
 

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