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子育てかんふぁれんす

 投稿者:まさゆきメール  投稿日:2012年 2月 5日(日)01時25分26秒
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  のぶゆきさん

 夕方の残照がなんとも言えない時期ですね。「カメラ持ってりゃなあ」と思いつつ、朝にはケロッと忘れている体たらく。困ったものです。

 もう2週間経過してしまった(子育てかんふぁれんす」

 太田先生は「弱視兒学級」を最初から見てきた方なのでしょう。先生が学生時代には「盲学校」しかなかった。

 子供一人ひとりに向き合い、
 *家庭と学校は手を携えて*
 子供の特性を伸ばして行く

 見えにくいという共通の課題を持った子供達にとって、
 「見えない」子供達に準じた教育は盲学校で模索していた。
 1学級6人。でも授業にやり方は、50人学級と同じだった。
 「どっかちがうよなあ」と思いつつ・・・。

 ボクも盲学校に2ヶ月行ったけれど、
 「通学が大変」2時間かかった。土曜日の午後の通院とはわけが違う。
 それでも東京には盲学校が5校もあった。

 苦手そうなものはやらない。「楽だなあ」「でも、やばい、おれ呑気だからなあ」で、逃げ出した。
 「成績は、ハンデがあって中位だから、まあ何とかなるだろう」
 親は、心配なものだから、「気が気ではない」

 商業学校に合格した時には「珍しいことがあったものだ」と担任の先生。社会科なので、点数が取れていた。だいたい社会科の先生は口が悪い。

 「特別支援教育元年」
 「地域で子供を育てる」
 すばらしい!
 「統合教育=インテグレーション」
 あたりまえのはなし。
 40年前から騒いでいる。
 特別支援学校そのものに賛成はしない。
 それでも何でも、様々な障害を持った子供の)教育に力を尽くした経験を
 「どうやって、再構築するんだあ」
 寄宿舍をなくして「児童施設」かなあ。
 であれば明治時代に逆戻りだね。

 盲重複障害を持った児童の施設に入所していた子が、「盲学校に行ったら、普通の子になっちゃったよ」という経験があります。
 いつも首を振って、独り言のように(おしゃべりをしていた男の子」
 一人でしゃべっているのもつまらないだろうと思って、
 「こんな天気なら、何処かに行きたいねえ」
 「どこいくの」反応があった。
 「何処行くの」「山でも行こうか、電車に乗ってさ」ってな具合で・・・。
 彼の笑顔がすばらしかった。

 1時になっちゃった。また書きます。


 
 
 
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