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作品の感想

 投稿者:ヨッチン  投稿日:2017年 6月25日(日)21時48分13秒
返信・引用
  作品をパソコンで見させていただきました 三毛猫食堂で楽しいお話ありがとうございました パラシュートとなぜか昭和の少年たち なんかブタ犬も気に入りました フクディランとの共通点を見つけました 日々の作品の中に 笑える部分を挿入してる余裕を感じました 芸術はどっか 遊びを入れてもいいんですかね?????  ヨッチン  
 

ご機嫌伺い

 投稿者:chan ken  投稿日:2015年 8月13日(木)08時02分9秒
返信・引用
  お久しぶりです!お元気ですか...
暑いですね...熱中症に気をつけてくださいね!

http://spttz.blog.fc2.com/

 

Re: face bookですね...

 投稿者:サトクリフ  投稿日:2015年 3月14日(土)10時57分2秒
返信・引用
  > No.127[元記事へ]

コメントできませんか??chan kenさんはアカウント持ってますか?

chan kenさんへのお返事です。

> ここに、コメント等入れる場合ログインしないと出来ないのですか?
 

face bookですね...

 投稿者:chan ken  投稿日:2015年 3月10日(火)17時53分7秒
返信・引用
  ここに、コメント等入れる場合ログインしないと出来ないのですか?  

新たなページ

 投稿者:サトクリフ  投稿日:2015年 3月 7日(土)17時02分27秒
返信・引用
  chan ken さん、こちらに新たなページを作りました。
たぶん見られると思います。


https://www.facebook.com/pages/EIJI-Funahashi/1549394061977115?fref=photo
 

Re: ちょっとだけ、久しぶり!

 投稿者:サトクリフ  投稿日:2015年 2月20日(金)19時52分29秒
返信・引用
  > No.124[元記事へ]

chan kenさんへのお返事です。

> 今度、呑みに行きましょうね!

良いですね~!!また、連絡くださいね。
 

ちょっとだけ、久しぶり!

 投稿者:chan ken  投稿日:2015年 2月13日(金)19時30分33秒
返信・引用
  今度、呑みに行きましょうね!

http://spttz.blog.fc2.com/

 

Re: わお!

 投稿者:サトクリフ  投稿日:2015年 1月23日(金)22時15分59秒
返信・引用
  > No.122[元記事へ]

chan kenさんへのお返事です。

> サトクリフさん ひさしぶり~~!
> やっぱり、芸術作品がならんでますね....
> 創造力欠如の僕とは えらいちがいです。  じゃまた、時々寄ります。


Chan Kenさん、今日はお久しぶりでした。まさかまさかの出会いでした。
昔の懐かしい映像も拝見しました。3Dも。ぼくにはとてもできません!!

また、来てくださいね~
 

わお!

 投稿者:chan ken  投稿日:2015年 1月23日(金)16時26分10秒
返信・引用
  サトクリフさん ひさしぶり~~!
やっぱり、芸術作品がならんでますね....
創造力欠如の僕とは えらいちがいです。  じゃまた、時々寄ります。

http://spttz.blog.fc2.com/

 

Re: HPにお邪魔させていただきました~

 投稿者:フナハシ  投稿日:2012年 4月 8日(日)21時12分36秒
返信・引用
  > No.107[元記事へ]

sayuriさんへのお返事です。

わー!来ていただいたのですね。ありがとうございます。
facebook検索したのですが、みつかりませんでした。
また、ベニシアで教えてくださいね。
 

Re: 写真送付

 投稿者:フナハシ  投稿日:2012年 4月 8日(日)21時09分36秒
返信・引用
  > No.106[元記事へ]

写真ありがとうございました。せっかくの良い写真なのでこのままにしておきます。
また、写真載せていただければうれしいです。
 

HPにお邪魔させていただきました~

 投稿者:sayuri  投稿日:2012年 4月 8日(日)20時01分34秒
返信・引用
  英語 木曜日クラスのさゆりです。
作品を見せていただきました。 チョキ

大きな作品、描かれるんですね。
何と言うか^▽^ すごかったです。

有り難うございました。 ぺこっ
 

初訪問

 投稿者:nonaka  投稿日:2012年 3月22日(木)18時55分16秒
返信・引用
  昨日はありがとうございました。
作品を見させていただきました。またゆっく見させていただきます
日記は151を読みました。TVなどでは見聞きできない内容に驚きました。
私にはそんな状況が予想されるところには行く勇気がありません。
また、訪問させていただきます。

http://www.geocities.jp/ikiikiteinenn/index.html

 

韓国スケッチ展8・ソウル アヒョン

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 9月10日(金)16時55分39秒
返信・引用
  ここには以前、小さい家が積み重なるように建っていたが、開発で全て壊され無残な地肌が見えて荒涼な風景に変わり果てている。ところどころに嘗ての生活のなごりが、墓標のように残っていた。
遠くには、近代的なビル群、その間に高速道路が走っている。
 

韓国スケッチ展7・全州市街 餅屋と洋服店

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 9月10日(金)16時53分36秒
返信・引用
  全州市、旧市街地の餅屋と洋服店。とても寂れた店だが美しい・・・  

韓国スケッチ展6・麗水 突山島の南端 向日庵の頂上から黄海をながめる

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 9月10日(金)16時51分48秒
返信・引用
  ここは麗水市から、バスで1時間半ほどかかる。この途中に小さい村が点在している。
行きのバスには、麗水市の朝市で地元の野菜など売って、帰りに麗水で買った品物を
大きいタライに山盛りに積めて、頭に乗せたアジュマ、ハルモニが乗り込んできた。
中には腰が半分まがったハルモニもいたが、皆、でかい声でたのしくおしゃべりをしている。
向日庵は巨大な岩の山。中腹に向日庵(たぶん尼寺かな?)があり、そこから岩をのぼること30分で頂上。実はここに行く前、ふもとにここの名物のマッコリの店があり、かなりのふるまい酒をもらったので、上に着くころはかなりの息切れがしていた。
ここから見る黄海はほんとうに美しく、まるで墨絵のようだった。我々は夕陽で刻々変わる海の表情に心をうばわれた。
 

韓国スケッチ展5・順天 楽安邑城

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 9月10日(金)16時49分23秒
返信・引用
  実際に200名ほどの住人が住んでいるそうだが、ほとんど民宿を経営していて観光地に成り下がる?でも、ここでスケッチしていると、麦わらを積んだトラクターが通ったり、近所のおばあさんが人懐っこく話しかけてきた。まだまだ昔と変わらない生活が残っているようだった。  

韓国スケッチ展4・順天 順天湾 自然生態公園 葦群生地

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 9月10日(金)16時46分54秒
返信・引用
  この自然公園は観光化が進み、醜いSLのカタチをした観光客用の車が走っていて、少しがっかりした。我々はそれにもめげず、人のいないところをさがして歩くこと30分、やっと見つけてスケッチした。干潟には蟹、ムツゴロウがいた。帰りに食堂でムツゴロウ鍋を食べた。うまかった!!  

韓国スケッチ展3・全州のおばあさん 全州市南部市場

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 9月10日(金)16時42分29秒
返信・引用 編集済
  南部市場は巨大なバラックの建物を中心として、周りの道路に屋台の商店が並んでいる。
魚、野菜、日常の家庭用品、CDなどところ狭しに売っている。韓国は女性パワーがすごい!
アジュマ、ハルモニ、マンセー!!
 

韓国スケッチ展2全州のおじいさん 全州市南部市場

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 9月10日(金)16時40分56秒
返信・引用
   南部市場の川の橋のたもとに、顔が赤いおじいさんが座っていた。
 酔っ払っている様子。サングラス越に一瞬こちらを見た。おじいさんの後ろに
 大韓民国の歴史が見えたような気がした。彼は左手の指がない。
 

韓国スケッチ展1釜山港 にて

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 9月10日(金)16時38分40秒
返信・引用
  ここは釜山港フェリーターミナルから奥まったところにある漁港。堤防があり魚つりをしている人がいた。堤防のたもとに焼き魚の屋台があり、スケッチをしていると、あまりにも焼き魚の良いにおいがするので、終わってからその屋台で焼酎を呑んだ。  

old man coniston

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 3月 2日(火)11時23分55秒
返信・引用
  コニストン湖の画像とうって変わって、良い天気のオールドマン(カンチェンジュンガ)。気持ち良く登山できました。
昨年は積雪でちょっと悲惨な光景で眺めも悪く、遠くまで見晴らしもきかなかっのが、今回は海まで見渡せてうれしくって思わず「雑音」を入れてしまいました。


 

coniston water

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 2月28日(日)18時00分41秒
返信・引用
  コニストン湖はアーサーランサムの「ツバメ号とアマゾン号」の舞台でも有名ですが、ボートのスピード記録を出した、ドナルド・キャンベルが亡くなったところでもあります。

ジョン・ラスキンの家(ブラント・ウッド)を背景に蒸気船のゴンドラが航行しています。


 

coniston water

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 2月28日(日)17時53分12秒
返信・引用
  コニストン湖は小雨&本降りの日でした。
ころんとしたピール島(やまねこ島)が見えています。
電動ボートで島に上陸しようとして、座礁してしまいました。
スクリューに藻がからんでいるようでスピードがあがらず、カヌーにも追い越されています。

 

セビリア・フラメンコ博物館の画像2

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 2月21日(日)16時28分23秒
返信・引用
  セビリア・フラメンコ博物館の画像、第二弾です。


 

セビリア・フラメンコ博物館の画像

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 2月21日(日)16時25分33秒
返信・引用
  セビリア・フラメンコ博物館の画像


 

セビリア・バル、マティアスの店の画像

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 2月20日(土)14時31分59秒
返信・引用 編集済
  セビリアのバル、マティアスの店

 

paris いよいよ帰らなくっちゃ・ Ⅱ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 1月16日(土)12時58分46秒
返信・引用
  という分けで、アンダルシア旅行記は終わったけど、おまけでパリのことを少し追加します。

何処へ行こうか?とりあえずサクレ・クレール寺院をめざしてモンマルトルの坂道を登っていく。サクレ・クレール寺院の近くまで来ると、さすが多くの観光客が来ている。
「サクレ・クレール寺院」といえば映画「アメリ」。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA
まずはアメリ探索と決めて、例のサクレ・クレール寺院の「ニノの置き忘れた証明写真コレクション」を込入った渡し方のシーンの場所を探索する。アメリが眺めていただろうサクレ・クレール寺院からの景色は変わってない(だだ電話ボックスはなかったが)。次はコリニョンの八百屋。ここは地球の歩き方に簡単な地図しか載ってなく、数人の人に尋ねてやっと分かった。その次はアメリが働いていたカフェ。ここはコリニョンの八百屋で場所を教えてもらってすぐに分かった。大通りにあるムーランルージュのすぐの角をモンマルトル方面に上ったすぐ近くだった。やはりここは人気があるようで、「アメリ」目当ての観光客が多い。ぼくもここで例のカウンターを観察できる窓側の席でエスプレッソを飲んだ。
エコール・ド・パリの有名な画家たちが暮らしていたという「洗濯船」に行く。このアパルトマンはすでに無くなっていて、その場所に資料の展示のみあった。ここの道を若きピカソなどが歩いていたんだ・と思わず感慨にふけっていた。「洗濯船」はサクレ・クレールからピガール(ムーランルージュ)に下る途中にある。
 

Re: (無題)

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 1月16日(土)09時24分42秒
返信・引用
  > No.88[元記事へ]

babbieさんへのお返事です。

babbieさん、旅日記、現在形で書いてますが昨年の話です。
スミマセン、この書き方だと誤解を招きますね・・
 

(無題)

 投稿者:babbie  投稿日:2010年 1月16日(土)00時39分1秒
返信・引用
  旅日記、楽しいです。気をつけて、旅行を続けて下さい。  

Paris いよいよ帰らなくっちゃ・

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 1月15日(金)00時06分39秒
返信・引用
  セビリア~パリまでVueling Air。往復11000円ちょっと、何と安いんだろう。行きと同じサン・セバスチャン広場までガラガラ荷物を引っ張って行く。あっと言う間にパリオルリー空港。何だかあっけなく通り過ぎたアンダルシアの旅だった。アンダルシアには又行きたい。
オルリーに着いたのが、夜の8時過ぎ。それから又宿を探すのが面倒だったので、最初に泊まった予約していたラマルクまで行く。
夜のパリ北駅周辺は危険だといわれていたが、あまりそういう雰囲気は感じなかった。でも、アンダルシアののどかな雰囲気と違うパリの「ささくれ」は感じて痛い。
ホテルに着いたら10時を過ぎていた。早速途中で買った食材とワインで食事する。ホテルの窓から向かいを見ると、サクレ・クレール寺院がライトアップされて、綺麗に見える。向かいのアパルトメントでの家族団らんの食事風景を見ながらぼくもワインをあける。
ちょうどサクレ・クレールの右に月が出ていて、良い雰囲気。明日は何処へ行こうか?
3枚目は翌日のサクレ・クレール。
 

Sevilla return 2

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 1月14日(木)23時24分11秒
返信・引用
  Sevillaではいろいろあったけど、良い街だった。
写真は旧市街の街角の風景とリストランテ。ここの生牡蠣とキャベツと鳥の煮込みトマト味はおいかった。そして、夜はフラメンコ博物館でショーを見られるなんてとても贅沢・・
 

Sevilla return

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 1月14日(木)22時58分9秒
返信・引用
  ロンダのバスターミナルでセビリア行きの時刻を見てから、いくつかの止まっているバスを見るが、セビリア行きとはまったく書いてない。
数人の人に聞くが、皆首を傾げるばかりで全く要領得ない。1箇所まだ到着してないところに座っていた人(ちょっと怪しげ風)に聞くとここだ!という。少し時間があったので待っているとバスが来た。運転手に聞くと「シー」だそう。乗り込んで出発の時間過ぎても出発の気配もなく、その運転手は、外で同僚と雑談したりバナナまで食べはじめている。ようやく運転手が乗り込んできてもう一度尋ねるとセビリアに行きだと。この理由が後で分かったのだが、セビリアまでノン・ストップのバスだったので、運転手はほとんど時間は気にしてないし運転中に片手運転でミネラルウオーターを飲んだり、FM放送の音楽を聞きながらリズムをとったりして、几帳面」な日本のバスとずいぶん違う。そういう分けで、2時間弱でセビリアに着いた。
さて前述の考えられないセビリアでのトラブルの話。
セビリアに着いて、10日前に荷物を預けていたホステルに行くと鍵がかかっていてベルを鳴らしても誰も出てこない。あの善良そうな!おっちゃんはどこ行った?しばらくスタバでコーヒーを飲んで又行っても誰もいない。はてさて困った!!よく見ると、二階のバルコニーのホステルの看板も倒れていてて、まるで夜逃げしたみたいな様子。
パソコンなど大事なものも入った荷物は盗られたんだろうか!
近くのお土産店で聞くが、よく分からないと言われて仕方なしに11日前に泊まったホテル・シモンのレセプションに行って尋ねると、なんだか従業員と経営者でトラブルがあったそうだと・・なるほど、それで行った時だれも宿泊者がいなかったのか!
でも、このホステルの経営者はすぐ近くに、ちょっと高級なホテルも経営してるので、そこで尋ねたらと言われてかなり道を迷いながらやっとその(高級)なホテルを見つけた。そのホテルのレセプションの女性に説明すると、「実はトラブルがあって、そのホステルの老人は辞めた」と、でも心配することはないと言ってくれてすぐに経営者らしき?人に連絡をとってくれた。はてさて、どうなることやらとしばらく放心状態でソファーで待っていると、経営者らしき男性が鍵をもってきて一緒にそのホステルに行った。鍵を開けてくれてレセプションのある2階の奥の部屋に行くと、ぼくの荷物が置いてあった。確認すると、ちゃんとパソコンもあったのでホッとした次第。客の荷物まで持ち去るという悪質な状況にならなくて安心した。
ここのホステルは前払いで、すでにその当日分は支払っていたので今日はそのホテルもその値段で泊めてくれることになってホッとした。
ぼくはセビリアでもう1泊の予定だったので、交渉すると同じ値段でOkということだった。レセプションの女性は英語を話せてとても親身に対応してくれた。2日後は日本語を勉強しているという男性がいて、ぼくも英語交じりで日本語を教えながら話してとても良い経験をした。

写真はそのホテルから見た夜の風景とフラメンコ博物館でのライブ。
 

翌朝のロンダ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 1月10日(日)22時13分41秒
返信・引用
  翌朝起きると昨夜の暴風雨がウソのよう。
でもやはり観光地は向いてないので、退散することにしてセビリアにもどることにする。
 

嵐の前のロンダと翌朝

 投稿者:フナハシ  投稿日:2010年 1月10日(日)22時05分44秒
返信・引用 編集済
  ロンダに着いてから、急に悪天候の気配。
空の雲の動きは早く、嵐の前の風がびゅうびゅう吹いて崖下を見渡す長い遊歩道に立っていると飛ばされそう。Cadizの暖かさから一転してすごく寒い!

遊歩道を歩いていると、アルハブラの思い出のような有名じゃないギター音楽が聴こえてきたので、見るとCDが置いてあったが、ギターリストがいない。CDを流しているだけだった。
ギター弾きはあまりの寒さで、すぐ近くの屋根があるところに避難していた。ぼくたちがCDを見ていると、その彼が手を擦りながらやってきてギターを弾きはじめた。でも、アランブラの思い出のようなありふれた曲ばかりするので、CDで流していた曲を演奏してと依頼した。
ちょっとやってくれたが、結局有名な曲ばかり演奏にもどってしまった。でも一生懸命なので、すこしの投げ銭を籠に入れて退散した。
ここはやはり観光地で、多くのツアー客を見かけた。中国人などアジア人のグループもいてその中に日本人もいてすぐに分かった。
日本人は服装と態度がちがう。果たしてどういうツアーなんだろう?
向こうはぼくらが日本人と分かったとたんに、なぜか無視する。

結論。観光地はイヤだ。
でも、ここでおもしろい家を見つけた。3枚目の写真。
ここはどんな人が住んでるのだろう?小さな敷地に浅いプールまである。とても泳げないくらい浅い。家の周りに奇妙なオブジェがいっぱいあった。
 

ロンダ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月31日(木)17時14分48秒
返信・引用
  カディスを出たバスは、ヘレス、アルコスを通って山岳地帯に入る。
山岳地帯と言っても日本のように木が茂っているわけではない。
道路はなだらかなアップ・ダウン・高速コーナーを繰り返してずっと向こうまで続いている。バスを大型バイクが抜かしていく。こんな道路をバイクで走ったらさぞかし気持ちがいいだろうなぁ!

バスは幹線道路からときどきはずれて、いくつかの小さい村で人を降ろしたり乗せたりしている。巨大な崖が次々見えてきた。幹線道路に別れをつげ、急勾配の坂を上がるといよいよロンダ。
ロンダのバスターミナルは旧市街の外れにある。街はアルコスと同様、崖の上にある。
早速、いつものように「ドンデ・エスタ~」でインフォメーションを探して地図をもらった。

ロンダで天本英世氏もカンテを聴いて感動したようなことが書いてあったので、この街にはぜひと思って期待していたが、ここで有名なヌエボ橋とスペイン最古の闘牛場には多くの観光客が来ていて、ちょっとがっかり。でも、高かったがヌエボ橋がすぐ見えるホテルに泊まった。

写真はホテルのバルコニーから見た、午後のヌエボ橋とその渓谷(ここで足を踏み外すと確実に即死するだろな・)
少し歩くと、ローマ時代の遺跡がある。
 

カディス駅・早朝

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月31日(木)16時18分1秒
返信・引用
  カディスを去る日がきた。いよいよロンダ・・RRRonda!
前の経験もあったので、あらかじめバスの切符を買っておいた。
やはりロンダはバスの便が少ない。早朝の次は午後一番になる。
バスターミナルがあるカディス駅に朝7時過ぎに行く。ホステルから歩いてすぐなのでとても助かった。早朝のカディス駅構内でコーヒーを飲む。まだ眠たかったのでカフェ・ソロ(エスプレッソ)とサンドイッチを注文する。飲み終えて外にでると、夜が明けはじめていた。
それと同時に、駅構内の電気も消された。
時刻は午前7時半。旧市街のカテドラルが朝焼けでシルエットになっている。
 

カディス・タブラオ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月31日(木)15時54分6秒
返信・引用
  カディスのタブラオ、La Cavaにて。夜の10時から始まる。
道に迷って少し遅れて行くと、店はそう大きくなく良い場所の席はすでに埋まっていた。

ここはワン・ドリンクがついて22€。
カンテの男性と女性ダンサーがとてもよかった。
 

カディス・スーパーとバル

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月17日(木)23時28分18秒
返信・引用
  旅で夕食はほとんどレストランには行かず、スーパーでパン、食材とワイン、ビールを買っていた。(例外はロンドンのセント・パンクラス駅前のイタリアン、おいしくってしかもマリオ、ルイジ・のような店員がいたので楽しくって毎日ほど通って・・)

ここはカディスのスーパー。なぜか店員全員がこの袋男のバッジをつけていた。スペインのオカルト的でとても奇妙なバッジ。たぶんエコに協力してほしいとのことのようだが・どなたかスペイン語が分かる人教えて!
他2枚はカディスのバルにて。ここはHOSTEL・HOTEL CANALEJASのレセプションの人のお勧めのバル。エビやフリートス、サラダがとてもおいしかった。男性、女性客、お客さんもアンダルシアの気候のようにカラっとして陽気で、人生論など飛び交うジメっとした日本の居酒屋とはずいぶん様子がちがう。
 

カディスの夕陽Ⅲ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月17日(木)18時53分24秒
返信・引用
  10月19日の夕陽(時系列)。真ん中の写真のように、干潮の時間が変わってきています。
下の写真は、要塞にあるとても素敵な画家のアトリエの窓からの夕陽。
ぼくも、このような場所で絵を描いているときっとテーマが変わってくるだろうなとうらやましくおもいました。
 

カディスの夕陽Ⅱ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月17日(木)18時51分49秒
返信・引用
  10月18日の夕陽(下から時系列)
上の写真の右端のシルエットになっている建物は、旧要塞の左側のものです。
 

カディスの夕陽Ⅰ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月17日(木)17時52分2秒
返信・引用
  10月17日の夕陽(時系列)。干潮になって漁船が残ってます。  

アンダルシア・カディスⅣ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月 7日(月)11時25分2秒
返信・引用
  ねこおばさんとボスネコ・・
港から路地に入ったところで、ネコに餌を与えているネコおばさんに会った。早口のスペイン語でなにかしきりとまくし立てていて、写真を撮ったら去ろうと思っていたが、なかなか帰してくれない。
何を言っているのかさっぱり分からなかったが、どうもその中の一匹のネコを指さしているので「飼ってほしい」と言ってるようだったが・

港にいたボスネコ。
写真を撮っていたら、眼つけられた。すごく迫力のあるネコ・
 

アンダルシア・カディスⅢ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年12月 7日(月)11時05分16秒
返信・引用 編集済
  CADIZ県の中心でもあるCADIZ。
旧市街の規模はセビリアに比べると小さいが、道路はやはり迷路になっている。街全体が大きな岬にあり、旧市街の入り口にある鉄道駅のところが一番狭くなっていて、そこから扇を広げたような形になっている。
その扇の左に幅5m、長さ300mほど海に突き出た石畳の道が今は灯台になってる要塞へと続いている。この湾のもう一方にも城のような要塞があり、ここの湾の満ち干の差がすごく海水が引いたところにたくさんの漁船?が残されている。そしてなによりここから見る夕陽がすごく、取り残された舟のシルエットが効果的なアクセントになっている。
不思議だったのは、空の雲があまり動かないので落日の光線の時間による同じ形の雲の色彩の変化も楽しめた。
 

アンダルシア・カディス Ⅱ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月27日(金)22時36分42秒
返信・引用
  CADIZにそれほど思いいれがなかっただけ、ここに住みたいと思ったくらい予想外の良い街だった。

CADIZの駅とバスターミナルは隣接していて、旧市街の入り口でもある。すぐ右手には港でフェリーが停泊していて、港は警備されていて入れない。国際港なのかも。
いつものように、今日の宿泊場所を探す。
海岸沿いを歩いていると、インフォメーションがありとりあえずCADIZ
の地図だけもらう。その海岸通りの真ん中には椰子の木が植えてあり、ちょっとした公園になっている。すぐ左は旧市街の路地があり、目聡い友人は(さすが旅慣れていて、勘が働くのかも)HOSTELの表示を見つけて、早速冷やかし半分値段を聞きにいった。レセプションの男性は全く英語を話せないが部屋を見せてくれる。
最初、グラウンドフロアー(1階)の部屋を見せてくれたが、窓が外に面していなかったので(ぼくは閉所恐怖的なので苦手)、外が見える部屋はないか?と尋ねるがどの部屋も同じだという。彼はしぶしぶ?(言葉が通じてなかっただけかも)3階の部屋を見せてくれる。
そのときも彼は一緒にエレベターには乗らず、階段を走って上がってきた。ほんとうに律義だ・・
この部屋は狭い路地を見渡せるバルコニーがあり、気に入って泊まることにした。正直ここに4日も泊まるとは思っていなかった。
レセプションの彼曰く、明日は日本語を話す人がくると。
彼はスペイン人には珍しく、とても事務的にきちっとしていて、いつもならぼくのパスポートだけを見て記入するだけでOKだったが、彼は友人の彼女のパスポートも見せてほしいと言って、彼女にも氏名を用紙に書くように言っていた。たいがいどこでも、ツインで泊まっている我々は夫婦と見られて当然だと思うが、ふたりとも用紙に書くように言われたのはここだけだった。
翌日に来た「日本語を話すスペイン人」はアントニオだが、彼は東京のスペイン料理の店で長い間働いていたそうで、日本語はとても上手。ただ敬語の使い方が丁寧すぎて、なんとかかんとかござりますとかいうのでとても変だった。(でも彼から教えてもらうことが多く、大変感謝している。彼がCADIZの近くにてんぷら屋が出来て期待して行ったらベトベトの衣で「これはてんぷらじゃない!」と怒って抗議した話などおもしろかった。アンダルシアにはフリートスという揚げ物があって、とてもカラッと揚がっていてとてもおいしいのに、なぜ、できないのかとても不思議。

写真はCADIZのHOSTEL・HOTEL CANALEJASのバルコニーからの風景。
ここの向かいに老人夫婦が住んでいて、夫は車椅子生活で、窓から通りを長い時間見ていた。たぶん家政婦かヘルパーが彼らのお世話をしていた。ぼくがバルコニーでタバコを吸っているとおじいさんと目が合って挨拶を交わしていた。
 

アンダルシア・カディス Ⅰ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月26日(木)23時43分31秒
返信・引用
  列車には乗客が乗っていたが、ドアが閉まっている。
たまたま開いていたところから乗る。(後で分かったが、外からボタンを押せば開くようになっている)
列車は出発の合図もなく静かにプラットホームを出る。次の駅で悪がき?を引率したスペイン人の女性たちが乗り込んできた。子供たちはほとんど皆黒人で引率の女性は「肝っ玉母さん」みたいで、ひとりの子供を叱りつけていた。果たしてどういう関係なのか想像が膨らんだ。
車掌が検札に来て、向かい側のシートに土足で足を延ばしている子供に注意していた。彼は素直に車掌の言うことを聞いていた。彼らもCADIZの手前で降りてしまった。

乗客も少なく風景は平坦になり、海も見えている。
いよいよCADIZだ。
地図で見ると、CADIZの街全体が岬で湾の先端部分にある。
手前が造船工場のようになっていて、旧市街自体が孤立している感じ。
列車は何の放送もなく、終着CADIZ駅に静かに到着。
 

アンダルシア・カディス

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月26日(木)23時11分48秒
返信・引用
  ヘレスに戻りバスターミナルで調べると、CADIZ行きはすぐになく、となりにある鉄道の駅に行くとすでに列車が止まっていた。ヘレス駅も古くブルーを基調にしたイズラム風の駅舎でとても美しい。
アンダルシアはブルーがとても合う。
 

アンダルシア・アルコス・デ・ラ・フロンテーラⅦ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月25日(水)11時06分55秒
返信・引用
  予定ではアルコスからロンダに行くつもりだったが、来るバスはほとんどヘレス行きばかり。英語を話すおばあさんがいたので、「ロンダに行きたい」というと「ロンドン?」と聞かれた。「その発音じゃ、わからないよ」と言われRの発音の特訓。
彼女は夫とともに神戸に行ったことがあると、昔話をしてくれる。
彼女はヘレスに行くようなので、今度来たバスのドライバーに時間を聞いてあげるとのこと。ヘレス行きのバスが来て聞いてもらったところ、後1時間後に来ると。
もうすでに2時間以上待っていたので、今日はもうどうでも良いような気持ちになっていた。ようやく「Ronda」と表示のあるバスが来たので、ドライバーに聞くと「ヘレス」だと・・どうも、「Ronda」からの帰りのバスのようだ。サバドとドミンゴは1日2便で今日は無いと。しかたないので、Cadizに行くことにしてヘレス行きのバスに乗る。

おかげで、アルコスのさびれたバスターミナルでゆっくりできて、出会いもあり、それなりにおもしろかった。

写真は、バスの時刻表とバスターミナルの風景。
 

アンダルシア・アルコス・デ・ラ・フロンテーラ Ⅵ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月24日(火)22時00分9秒
返信・引用
  アルコス全景が見渡せる場所にて・
旅行中のくまさんと馬と元気なこどもたち・・

こうしてみると、英国コニストン出身のくまさんはあちこち旅してる。

少年たちはここで釣りをしていた。声をかけると、いろんなことを話だす。全くええかげんなスペイン語で適当にやりとりする。彼らの言っている言葉で唯一わかったのがハポネスだけ・・
 

アンダルシア・アルコス・デ・ラ・フロンテーラ Ⅴ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月24日(火)21時22分6秒
返信・引用 編集済
  不思議な植物。
アルコスを見渡せるところで不思議な植物を見つけた。
この、直径10センチくらいある芥子のような植物。何とも思わず触ってびっくり!!
いきなり弾けて、1メートルくらい水を飛ばしたので顔にかかってしまった。
そのあと、この先の部分が落ちてしまう。水と一緒に種を飛ばすのだろうか?
全くわからない。
そして、この棘のある枯れたような植物。なぜかカタツムリがくっついている。
なぜ??
 

アンダルシア・アルコス・デ・ラ・フロンテーラ Ⅳ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月24日(火)20時56分15秒
返信・引用
  路地とパテオとカテドラル  

アンダルシア・アルコス・デ・ラ・フロンテーラ Ⅲ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月24日(火)20時33分44秒
返信・引用
  不思議な彫刻を見かけた。たぶんカトリックのものだろうが、ちょっと不気味。
スペインには、顔が骸骨になっている「貴婦人」の人形や、やけにリアルな手のドアノッカーがあったりこういう不気味系が多い。

路地を歩いていると、バルコニーで女の子がひとり遊びをしていた。「オラー!」と声をかけるとはずかしそうにしていたが、写真を撮らせてくれた。ぼくが遥か離れたところからアンダルシアに来たように、彼女も大きくなって日本に来ることがあるのだろうか?
 

アンダルシア・アルコス・デ・ラ・フロンテーラ Ⅱ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月24日(火)20時13分59秒
返信・引用
  アルコスはカテドラルに行くメインストリートを中心にそれに沿って細い道が二本ある。その路地に入ると迷路のようになっているが、セビリアのように複雑でない。全体に坂になっているので、下っていけばホテルに戻れるので迷うことはない。

車1台通れるかの路地にバールがあったので一休み。
人懐っこい犬がじっとこちらを見ている。
アーチがある路地、さすがアンダルシア、こういう路地は多く見かけた。
 

アンダルシア・アルコス・デ・ラ・フロンテーラ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月24日(火)16時28分11秒
返信・引用
  セビリアでもらった薬が効き、ようやく元気が出てきた。
また、セビリアに戻ってくる予定だったのでシモン・ホテルに荷物を預かってもらおうと思ったが、預かり料が1日3€とのこと。

ここでの宿泊は止めてすぐ近くのホステルで尋ねると
旅行期間中預かってくれると。ただしセビリアに戻ってきたときの宿泊料は現金前払いとのこと。(ここのレセプションの老人はスペイン語しか話せず、このやりとりが分かるまで彼が他に英語を話せる人に電話したりしてやっと通じた・・けど、セビリアに帰ってきたとき、まさかこんなことが起きるとは思わなかった。その経緯はのちほど)

アルコス・デ・ラ・フロンテーラにはセビリアから直行のバスもあったが、地球の歩き方に「街中がシェリー酒の甘い香りがただよっている」と書いてあったのでヘレス・デ・ラ・フロンテーラに寄っていくことにする。バスはオリーブ畑の中の道をどんどん走ること1時間でヘレス到着。けど、思っていたような「白い家」もなく「甘い香り」もないので、アルコスに行く。
ヘレスから内陸部をやはり1時間ほど行くと、オリーブ畑の丘陵地帯にいきなりそびえている断崖。そこの上に建っている白い家々が見えてきた。断崖の真ん中にカテドラルが見える。
アルコスのバスターミナルは断崖の下にある。ターミナルとはとても呼べない田舎のバス停。駅員もいないが一応建物はある。
バスを降りると、セビリアに比べてはるかに紫外線が強い。
リュックサックを背負って、カテドラルへの道を登る。ゴロゴロを預けてきて正解だった。
坂道の途中に、ホテルがあったので値段を聞く。カテドラルの横にもホテルはあるが、見晴らしがいい分ここよりずっと値段が高いと。レセプションの対応やホテルの雰囲気も良かったのでここに決める。ちなみに名前はHotel Pena de Arcos。

早速荷物を置き、カテドラルまでのぼる。

写真はアルコスの全景です。
 

アンダルシア・・セビリア・病院探索Hospitales Universtarios Virgen del Rocio

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月17日(火)22時20分18秒
返信・引用 編集済
  昨年もバルセロナで病院に行ったが、今年もまた病院に行くことになるとは思わなかった。
どうも、スペインでは病院に行くことになってしまってるようだ。

パリから何となく風邪っぽかったが、セビリアの暑さもあって体調を崩してしまった。
それほど高い熱は出なかった(たぶん)が、咳とだるさがありこれからアンダルシアを廻る予定だったので、念のため病院に行くことにした。
vinuesa通りからタクシーに乗り、シモンホテルで聞いた病院の名前を運転手に言うと、
病院の何処に行くのか?と聞かれた。何故聞くのか分からなかったが運転手は「グランデ!(大きい)」と言う。英語とジェスチャーで咳と熱があると言うと、「シイー!」と言って車を走らせた。20分くらい車に乗って着いたところはとても大きい病院の救急外来。救急車がひっきりなしに患者を搬送してくるが、救急隊員も看護師も皆のんびりしている。

受付で咳と熱があると言うと、英語交じりのスペイン語でピンクの患者シールとマスクを渡され指定された部屋に行くように言われる。この部屋に集められた患者は全員ピンクシールをつけているので、すっかり重病人になったような気分になってしまった。
しばらく待っていると「EIJI Funahashi」と呼ばれ、別の部屋に行くように言われた。
さっきの待合室は新型インフルエンザの疑いがある患者が集められていたようだ。
その「別の部屋」が分からず、しばらくうろうろ・・
やっと見つけた部屋は、精神的な病気の人や脳疾患の病気の人たちがいた。
ただ、患者のことをよく考えられているなと思ったのが、リクライニングシートがたくさん置いてあり患者はそこで横になることができる。こんな待合室は日本で無いなと思いながら待っていると、やっと診察室に来るように言われた。
診察室には女性Drがいて、他の病棟からも看護師から来て欲しいと呼び出されたりしてかなり忙しい様子。そのDrは目に隈があって、あまり寝てない様子。(スペインの夜は皆遅くまでバールで飲んでいるのだ・・という悪口を言う人もいるが・)
彼女は英語を話せず、スペイン語でいろいろ聞くのでさっぱり分からなかった。
でも、ジェスチャーを交えて症状を伝えると分かったようで聴診器で診て、薬を処方してくれた。ぼくが心配していた新型インフルエンザではないということが分かってほっとした。
薬はやはり院外処方で、病院の近くの薬局でもらった。
早速薬を飲み、明日からアンダルシアを廻るぞ!!
 

アンダルシア・・セビリア・マティアスの店

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月16日(月)21時41分4秒
返信・引用
  セビリアの街角を歩いていると、どこからかカンテが聞こえてきた。
目の前のバールからのようで、まだ夕方の7時くらいなのに(アンダルシアの夜は遅い、7時は日本の午後4時くらいの日差し)皆指を鳴らして「オーレ」と掛け声を掛けたり、赤いスカートを着た女性と男性が靴で床を鳴らして陽気にり上がっている。
思わず、店の入り口で見とれているとその女性がぼくらを見つけて英語でcome in!と誘ってくれた。店に入ると、カンテとギターに合わせて皆ワイン、ビールを飲みながら楽しんでいる。曲が終わり、カンテを歌っているマティアスがぼくらのためにもう1曲歌ってくれた。
とてもソウルフル!!さすが、セビリア! マドリッド、バルセロナでもタブラオ以外でこういう光景は見たことない。
彼がその女性を通じて、「今晩10時からまたするので、よかったら来て」と。
写真はカンテの彼の店、カルメンが働いていたというタバコ工場(現セビリア大学法学部)
 

アンダルシアを・・♯3迷宮セビリア

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月 8日(日)23時02分18秒
返信・引用
  セビリアの旧市街は迷路のようだ。巨大なカテドラルは旧市街の南東にあって、シモンホテルはそのすぐ西にある。ここより北が旧市街の中心になる。
露地のような細い道路にまで名前が書いてあるが、何しろ建物が迫っていて、道がすべて斜めに走ってるのでカテドラルの位置で現在地を判断するわけにはいかない。まだ、陽があるうちはだいたいの方角がつかめるのだが、夜になると全くどっちに歩いているかわからなくなる。「ああ!さっきもこの建物あったよな」という混乱状態になって地図を見ながらウロウロ。通りがかりの人に尋ねると、「ドスなんとかかんとか・・トレス・・なんとかかんとか・・ウノ・・ウノなんとかかんとか・・」と手で説明しながらとても親切に方向を言ってくれる。あそうか、2番目の道を左へ行って、3つめを右、一つめをまっすぐに行けば良いよと言ってくれているみたいだなと思って行ってみるとさっき見た見覚えがある建物のところに出てきたりして、また気を取り直して通りがかりの人をつかまえて尋ねての繰り返しが半分不安ながら結構楽しかった。最初は結局1時間ほど同じ場所を行ったり来たりしながら、ホテルに帰りついたりしてたが、そのうちだんだんきき方に慣れてきてカテドラルのようなわかりやすい場所を聞けばということに気がついた。
迷路を彷徨っているときに道を尋ねようとして、向こうも観光客で彷徨っているんだとわかって互いにニコっとしたりおもしろかったが・・・
京都のように道路が碁盤の目に慣れたものにとって、セビリアのような場所はほんとに迷う。ヨーロッパはこういう街が多い。
 

アンダルシアをぶらぶらと・♯2・セビリア

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月 4日(水)15時51分51秒
返信・引用
  セビリア・・・ほんとに空が青い。アンダルシアに来た実感した。気温は30度近くあるようだ。そして紫外線も強い。パリから着ていた防寒ジャケット、長袖シャツを脱ぎTシャツ1枚の服装に変える。ただ、ズボンが冬用なのでとても暑い。
空港のインフォメーションで地図をもらい、セビリアの中心に行くバス乗り場を聞く。インフォメーションの職員は英語を話すが、あえて唯一知ってるスペイン語のドンデ・エスタ?と尋ねるとE乗り場だと教えてくれる。「あなたは何人か?」と尋ねられたので「ハポネス」と答えると、インフォメーションの彼女はニコッと返してしてくれる。

空港バスは郊外から市街地に入ってきた。終点のサン・セバスチャン広場で降りる。
ロータリーで方向感覚を失いうろうろするが、サンフェルナンド通りを見つけてホッとする。左手にカルメンが働いていたという旧タバコ工場(現セビリア大学法学部)を見ながら
歩いていると、この通りは市電が走っているのに気が付く。車もあまり通らず歩行者天国のようだ。このあたりから旧市街地のようだ。この暑さでリュックとガラガラを引っ張って歩くのは大変で、汗が噴き出す。
さすがフラメンコの本場。衣装や写真を置いた土産物店やバルが目につく。
何人かに尋ねながら、予約していたシモンホテルのあるvinuesa通りを見つけた。ここはカテドラルのすぐ前。vinuesa通りは車1台がやっと通れるくらいの道で両側に狭い歩道があり、土産物店やバル、額縁屋など並んでいて車もよく通る。

さて、シモンホテル。ここは19世紀の邸宅をホテルにしたところで、建物はロの字になっていて真中がパテオがある。タイルや家具調度品もとてもすばらしくとても豊かな気持ちになる。そして作家はわからなかったが、聖書を題材にした古い絵画もたくさん、さりげなくかざってあった。

旧市街には、巨大なカテドラルがあってそれを目印に歩けば問題ないと思っていたが、これが大きな間違いだった・・つづく
 

アンダルシアをぶらぶらと♯1

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年11月 2日(月)01時53分44秒
返信・引用 編集済
  格安航空のVueling airの出発はパリ・オルリー空港。10月13日朝、ほぼ定宿となった、モンマルトルのラマルク・コーランクールにあるホテル6時半起床。8時前出発。
離陸は10時10分だったが、30分前のチェックインでOkと書いてあったが、ネット予約のみのvuelingが不安だったので早い目に出発する。パリの8時はまだ暗くて、日本の6時前でかすかに空が少し明るくなったかなという感じ。
昔の芸術家が利用していた「オルリー」もゆっくり見てみたいとの思いもあった。
ラマルクからメトロで、RERの駅、Gare du nordに行きB線に乗りAntonyでオルリー行きのモノレールに乗り換え。
B線はAntonyの手前で行き先が二つに分かれていて、最初に来た電車に乗ると、もう一つの方面のRobinson行きだったので、サン・ミッシェルで降りてAntonyを通る列車に乗り換えた。フランスの鉄道は自動で扉が開かないので、リュックとソフトキャリーをごろごろ引っ張りながら、ドアの取っ手を開けるのが大変。取っ手も硬いのだ。始めは地下を走っていた列車が地上に出る頃には、ようやく朝日が出てきてパリ郊外の景色を楽しむ余裕も出てきた。朝の乗客は皆無口で、列車も混んでいたので盗難を恐れて緊張していた。(ロンドンで盗難に遭ったのがトラウマになっているようだ)

オルリー空港に着いて、Vueling Airのカウンターで搭乗手続きを終えたらやっとホッとして
空港探索。やはりドゴール空港に比べて規模は小さい。昔ここがフランスの表玄関だったとは思えないくらいのどかな雰囲気。

オルリーからセビリアまで2時間少しのフライト。
パリから少し飛んで、海岸線を沿って下る。この海岸線も英国と同じように地面が突然なくなっていきなり海になっている。ほんとに不思議だ。
そのうちごつごつした高い山が見えてきて、たぶんピレネーの上を飛んでいるのかな。
もうスペインに入っているのだ。上空から山々を見ていると、まるで茶色の海の波が寄せてそのまま固定したように見える。景色を見ながらそんなことを考えつつ、ぼーとしていると土地の色の違いに気づいた。フランスのグリーンが多い土地の色とは違うのだ。
やはり、スペインなのだ。太陽光線の違いもあるかもしれない。
茶色の土地にモスグリーンの木々が見える、オリーブ畑だ。
遥かかなたに海がまぶしく光っている。
飛行機も着陸態勢に入ってきた。もうすぐセビリア。
 

カッパが来たーー!!

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年 9月12日(土)09時29分14秒
返信・引用
  石川県獅子吼で会ったカッパさん(おいかどいちろうさん)が京都の夏祭りに来たので見に行った。韓国~京都~神奈川と移動のハードスケジュール。
京都ではPAにトラブルがあって途中で音楽が止まったりしたが、さすが大道芸人、うまく場をもたせていた。
ウチに泊まって朝まで呑んでいていろいろ大道芸の話を聞いた。
(ぼくは翌日強烈な二日酔い。何とか選挙は行きましたが)
「火噴き」は灯油を喉まで入れて止めているとのこと。日々灯油を飲んでいるそうで、ガソリンよりおいしいとさすがだ!
 

がんばるクレージーおじさんドン・キー 

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年 8月 4日(火)23時07分4秒
返信・引用 編集済
  石川県鶴来獅子吼(やっと変換できた!)の大道芸人フェスティバル。

♪がんばるクレージーおじさんドン・キー オッ!
~ドン・ドン・ドン・キッ・キッ・キッ・ドンキー~ オッ!
年~はとってもこーころはわーかく オッ!~♪

ドン・キーおじさんのテーマソング、62歳大道芸人兼画家。
ほんまにええわー!まったくマイペースの歌。ひとりごとのような歌で、ぜんぶ同じ調子で歌っているところがええわー。聞かせたいなぁーー。聴いててきもちが楽になるねー。

ほんで、なんでか朝起きたら、おいかど氏と大道講談師の青山氏が死体のように路上で眠っている。足元にマムシが入ってる瓶を置いて、酒瓶を頭のほうにころがして。
とてもシュール!

おいかど氏は河童。河童の火噴きもとても・・すご~いい!!
火噴きはやりたいと思ったが、顔をやけどして重症者がでたそうで、やめときました。
 

ソウルの再会

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年 7月18日(土)23時02分55秒
返信・引用 編集済
  チェ・セヨン氏(右端)、キム・チョンヒ氏(ぼくの横)、キム・ヨン氏(チョンヒ氏のとなり)と明洞で待ち合わせ、豚足屋さん、サムゲタン屋さんで食事。
キム・ヨン氏は個展準備で忙しく先に帰ったが、残りのメンバーでパブっぽいところで呑んだ。ほとんど焼酎ばかり。やはり韓国料理には焼酎が合う。
セヨン氏は子供のころ、ここ明洞に住んでいてここに来たのが30年ぶりだとのこと。幸いにも彼が住んでいたあたりは、あまり変わってなく彼は懐かしそうにしていた。ソウルの風景の変化は激しく、1年ごとに変わっていくように思った。古い街並みが壊され、ビルに変わる。

翌日、チョンヒ氏の職場を見学させてもらった。職場はロッテワールドの近く、新川にある。
彼の職場、SEOUL 視覚障碍人 福祉館は日本のライト・ハウスと同じような機能を持っている。彼はここの様々な企画を建てる統括をしているようだ。ここでは、様々な点字出版、パソコン教室、運動、伝統音楽、ロックなどの教室、墨字本のテープ化などしている。
ちょっと日本と違うところは、職員に軍人が出向で来ているところ。
韓国は徴兵制度があり、こういう施設に軍人が出向して働くと、兵役期間が短くなるそう。


こういう施設はソウルに5箇所、全国主要都市にそれぞれあるそうだが、何故か全羅南道には無いそうだ。このあたりが韓国の複雑な歴史があるためなのかもしれない。

昼食に食堂でおいしいビビンバをごちそうになった。
帰りに彼は自分のタイムカードを見せてくれた。彼は、自力で来られない障害者を車で向かえに行ってるので、いつも遅刻をしていると。

彼は我々をロッテワールドを通って、蚕室駅まで歩いて送ってくれた。
 

アヒョンでアヒョーーン!とワシらも考えた・

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年 7月18日(土)22時22分24秒
返信・引用 編集済
  韓国ソウルに行った。


ドキュメンタリー映画を撮っているチェ・セヨンさんが、ぼくの絵にとても感銘してくれて、「フナハシソンセンニム、ぜひアヒョンに行ってください。この世界がありますよ。行くなら今のうちですよ」と薦めてくれた。
地下鉄のアヒョン駅で降り、細い道の両側に軒を連ねた商店街のアジュマを冷やかしながら、ずっと登り道を上がって行くと正にぼくの絵に出てくる景色があった。
彼の言うとおり、家が生き物になって増殖しているような建築がそこら中にある。
写真も撮るのを忘れて、ぶらぶら歩いて上まで上がって気がついた。
何と!もう一方の斜面にあった建物が壊されて2メートルほどのコンクリートの塀で囲われていて、塀は下の方まで続いている。アヒョーーーン!!!。It's too late!
開発の波が押し寄せているのだ。
まるで、イスラエルの分断の壁か旧東西ドイツを分断していた壁のように・・
とてもサディスティックな光景!
ここは、ぜひ残してほしいところだと思った。

世界遺産のことも考えた。水原の城壁も世界遺産に登録されているのだが、その城壁も含めた環境ということを考えずに、そのものずばり城壁に手をいれてきれいに色を塗ったり、遊歩道の整備をすることに金を使っている。全く魅力を失ってしまってる。
これは、同じく世界遺産に登録された、糺の森にも言えるが
金のかけかたが間違っているように思う。
残念なことに、結局、台無しにしてしまっただけのようだ。
god damn !!
 

追悼

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年 7月 4日(土)10時17分21秒
返信・引用
  追悼ピナ・バウシュ。

写真はWikipediaより。
 

病んでいく抱き合う木

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年 4月 4日(土)22時56分30秒
返信・引用
  御所の「抱き合う木」を見に行った。
生きているものは必ず死ぬが、撒かれない小麦の種は決して実を結ばないというたとえ話もある。
命というものはそういうものだとも思うが、なかなか・・

小麦の種には自我がないが、
 

今日のカンチェンジュンガ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2009年 3月11日(水)23時09分35秒
返信・引用
  カンチェンジュンガは冠雪してるが、周りの風景は何か春らしくなってきた。  

カンチェンジュンガ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年12月17日(水)12時37分5秒
返信・引用 編集済
  ほぼ毎日見ているサイト、英国湖水地方Coniston http://www.lakelandcam.co.uk/
昨日の天候Tuesday December 16 2008 6.30 p.m. The Weather: 6°C. Fog at first,then rain.だそうだ。
オールドマン(カンチェンジジュンガ)の月曜の写真。冠雪している。

kikiさん、また遊びに行きます。


カンチェンジュンガ(オールド・マン)はすっかり冬です。
 

(無題)

 投稿者:kiki  投稿日:2008年12月 1日(月)20時42分20秒
返信・引用
  どうも久しぶりです。
このスケッチ舟橋さんだなあという感じ。
 

御所の大木

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年11月14日(金)17時46分50秒
返信・引用
  迎賓館の北側はすこし高台になっている。
ここにある銀杏の大木をあふるさんと一緒にスケッチしてきた。
他の人と絵を描くのは楽しい。
この大木は何度も描いているが、今日はあまり構えずに描けたように思う。

以前はこの高台から、南が開けていてとても開放感があったのだけど、迎賓館ができて
開放感がなくなった。
でも、この銀杏の老木は威厳がありどうどうとそびえている。
 

Re: 内なる毒

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年11月 8日(土)13時59分52秒
返信・引用
  > No.47[元記事へ]

ミモザさんにとって、毒ってどのようなイメージを思い浮かべますか?
何色?形にすればどんな形になるでしょうか?

以前、「毒」を作ろうというテーマで粘土を渡して作ってもらったことがあります。
それぞれの「毒」が出来ておもしろかったです。
 

内なる毒

 投稿者:ミモザ  投稿日:2008年11月 8日(土)06時40分14秒
返信・引用
  子供のころから毒と名のつくものドキドキしていました。
毒薬、毒草・・・。
怖いもの見たさでしょうか。
そして年齢を重ねるにつれ、自分の内なる毒に向き合わざるえなくなったきました。
うまく飼いならせたらと思います。
 

東北温泉旅行

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年11月 2日(日)21時05分35秒
返信・引用
  日記更新しました。
 

Deepest Tohoku

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年11月 1日(土)13時38分31秒
返信・引用
  玉川温泉。
塩酸が噴出しています。
 

アール・ヌーヴォー

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年10月 9日(木)18時58分10秒
返信・引用
  babbieさん
>ドーム社のガラス作品
確か、諏訪の北澤美術館にもたくさんありましたね。
 

精神の開放感

 投稿者:babbie  投稿日:2008年10月 7日(火)22時54分32秒
返信・引用
  お久しぶりです。先日、明石でドーム社のガラス作品の美術展があったので、行って来ました。ダリなどの作品もあって本当に自由な発想の「生物(静物も)万歳」というモチーフが沢山あり、日常のせこせこしたバリアーが一挙に粉砕されたようで秋空のように晴れ晴れしました。しかし、やっぱり製作者サイドは苦しみを伴わずにいられないものなのでしょうね。フナハシさんも人知れず、悩んでおられますか。  

そんなむずかしいこと!

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年10月 7日(火)17時36分38秒
返信・引用
  やー!ミモザさん、ようこそいらっしゃいました。

>頭の中を占めているもの

むずかしいですね。初め決めたことを何も考えてないでいられるときのほうが、良いようにおもいます。
一旦考え出したら、どんどん道をそれていきそうです。そして分け分からんようになってしまって、消してしまったり。
 

表現手段

 投稿者:ミモザ  投稿日:2008年10月 7日(火)04時45分36秒
返信・引用
  何かを表現するプロセスで、たとえば絵を描いている途中で、頭の中を占めているものは、どのようなものなのでしょうね。
私はいつも一つの問いがぐるぐる回っているのですが。
 

更新情報

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 9月29日(月)18時42分39秒
返信・引用
  日記更新しました。  

戸隠西岳スケッチ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 9月17日(水)16時21分41秒
返信・引用
  本当に久しぶりにスケッチをした。
荒倉山から戸隠西岳を見たスケッチ。
画面に向かって左側が西で、射す光線が荒々しい山肌にあたって、刻々と姿を変える。
 

温泉の写真

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 9月13日(土)23時23分46秒
返信・引用
  とりあえず、この間行った温泉の写真を貼り付けます。
詳細は日記に書きます。
 

ニワトリはハダシだ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 8月31日(日)21時58分52秒
返信・引用 編集済
  という映画を見たhttp://www.xanadeux.co.jp/niwatori/
この映画は2004年の制作だが、下敷きに元大阪高検部長の内部告発事件があって、図らずも昨日の新聞報道で実刑確定の報道があった。

この映画は、知的障害者、在日・浮島丸事件、舞鶴、元大阪高検部長の内部告発と要素がいっぱいあるんだけど、知的障害のサムに焦点を合わしているところが良かった。
良い映画だったが、詰め込み過ぎかな?
 

こちらこそ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 8月31日(日)17時28分41秒
返信・引用
  kikiさん、この間はすっかり和んでしまいました。
皆さんによろしくお伝えください。
またお伺いします。

kikiさんの作品、とてもすばらしいです。
今度は、あのバランスを取りながら動く作品が欲しいです。
 

この間はどうも

 投稿者:kiki  投稿日:2008年 8月26日(火)20時54分3秒
返信・引用
  この間はうちのセンターに来てくださってありがとうございます。

ついでに僕のつまらない作品も買ってくださって涙ものであります。

また遊びにきてください。
 

映画

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 8月19日(火)21時51分36秒
返信・引用
  最近見た映画、日記に書いてます。  

(無題)

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 8月17日(日)00時18分10秒
返信・引用
  日記更新しました。  

(無題)

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 8月10日(日)08時25分24秒
返信・引用
  kikiさん、お盆明けの週にでも行こうかと思っています。
そのときは連絡しますので、よろしく。
 

こんばんは

 投稿者:kiki  投稿日:2008年 8月 8日(金)22時12分19秒
返信・引用
  kikiです。ロンドンの映像きれいですね。
Mさんから連絡メール読みました。
いつでも連絡待っています。
 

こちらでは

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 7月30日(水)10時09分9秒
返信・引用
  Tomoさん、初書き込みありがとう。放置してたらアラシに遭って、以前のも消えてしまいました。バイク、止めたのでしたっけ?
機会があったら、ウォーキングに誘ってください。
NSRに乗ろうと思ってるので、鍛えなあきません。
 

おひさしぶり!

 投稿者:Tomo  投稿日:2008年 7月29日(火)21時59分30秒
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  あらまぁ~New掲示板ですね。お元気そうで何よりです。
昨日は雨がすごかったですね。雷も近くに落ちたのでは?と思うぐらいでした。
 

解けた謎

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 7月27日(日)21時42分15秒
返信・引用 編集済
  解けてよかったです。
また、美術以外の書き込みもよろしくお願いします。
Swallows and Amazonsの舞台のB&B、Bank Ground FarmのWebCameraでConistonの風景が見られます。画面の右下のView live Videoをクリックすると、景色が変えられますので、ご覧ください。ただし、時差に気をつけてくださいね。
http://www.bankground.com/main.HTM
 

Tシャツ

 投稿者:babbie  投稿日:2008年 7月25日(金)21時56分43秒
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  North Beachは今はやっておられないんでしょうか。  

ノースビーチ

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 7月24日(木)22時40分29秒
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  よくは知らないのですが、ノースビーチはお店ですか?
弟は、ネット上の仮想のNorth Beachというお店でTシャツを販売してましたが、それとは違うのでしょうか?
ぼくもTシャツは好きです。特にメッセージ色があるものが好きです。
今回のヨーロッパで、主張のあるTシャツをいろいろ買ってきました。
おみやげにあげたものもありますが、ロンドンのカムデンタウンで買ったストリート・ペインティングのものや、パリでカルチェ財団の美術館でやっていたパティー・スミスの展覧会に行ったのですが、そこで彼女がデザインしたTシャツを買いました。
よければbabbieさんのデザインを見たいですね。
 

オリジナルTシャツ

 投稿者:babbie  投稿日:2008年 7月24日(木)20時36分25秒
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  ロンドンにはちらっと昔行ったことはありますが、湖水地方はウィリアムモリスゆかりの家などがあるようで死ぬまでに一度行ってみたい所です。
今年は特にお盆休みがとても長いので、もし舟橋さまのご予定が許せばオリジナルTシャツの下絵を創るのを見ていただければと思います。ノースビーチで自分のオリジナルが出来れば素敵なんですけど。無理でしたら先でも結構です、勝手なお願いですが。
 

そうなんです

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 7月24日(木)17時34分14秒
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  イングランド、湖水地方、コニストン湖に一部を散骨してきました。
とても美しい湖です。
絵画教室は今はしていません。
 

お盆とアトリエ

 投稿者:babbie  投稿日:2008年 7月22日(火)20時38分49秒
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  辛いことを思い出させてすみません。過去の日記を見せて頂くと、散骨のようすがありますが、一部を撒かれたのでしょうか、すべてですか?お盆はどうされますか?アートの教室は土曜日にひらかれますか?  

BONES

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 7月20日(日)22時25分22秒
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  日記更新しました。  

(無題)

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 7月20日(日)09時14分18秒
返信・引用 編集済
  babbieさん、ぼくの展覧会に来てくださっていたのですね。
覚えてなくて大変申し訳ないです。でも、ここに書き込んでくださることに大変励まされ、元気もいただいています。ありがとうございます。
 

作品

 投稿者:babbie  投稿日:2008年 7月20日(日)00時45分1秒
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  作品の数々は、また個展で見せて頂く事に致します。その他大勢の中におりましたので、多分覚えていらっしゃらないと思います。  

突破口

 投稿者:フナハシ  投稿日:2008年 7月19日(土)18時25分22秒
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  推測ですが、松井冬子は「本人とのイメージギャップ」が創作の源の一つになっているのかもしれません。閉塞状態を切り開く力がアートにはありますね。捨てたもんじゃないです。

>Xマス頃、奥様や舟橋様の作品に会いに行きたいのですがお差支えはないでしょうか?

良いですが、かなり大きな作品なので奥のほうにしまってあるので、一度には全部お見せできないかもしれません。ところで、えーっと、babbieさんとお会いしたことはありましたっけ?メールでまた教えていただけますか?
 

TVで

 投稿者:babbie  投稿日:2008年 7月19日(土)09時44分57秒
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  この間たまたまTVで松井冬子の紹介をしていました。結構シュールな作品で目を引かれました。本人とのイメージギャップもあり・・・。自由人というニュアンスは最高ですね。人は夢がないと生きていけないような気がします。Xマス頃、奥様や舟橋様の作品に会いに行きたいのですがお差支えはないでしょうか?  

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